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 福岡、大分両県で42人の死者・行方不明者が出た九州北部豪雨の発生から5日で3年が経った。河川の流域や山腹に残る爪痕は今も生々しい。大切な人を亡くした遺族も、負った傷と向き合い続けている。

 福岡県東峰村の山の端に日が傾き、谷あいの水田を渡る風が涼やかに変わるころ。仕事を終えた熊谷一広さん(59)は、大分県日田市から軽トラックで水田の様子を見にやってくる。

 取水は順調かどうか。水田7枚を見て回り、手を入れる。取水量を調整し補修もする。「乾いても水が多すぎてもいかんし、冷たいと苗が育たん。朝と夕で状況も変わる。80歳過ぎてこれをやりよった親はすごいと思うようになりました」

 水田はJR日田彦山線筑前岩屋駅の近く、かつて列車が走っていた土手のたもとにある。両親が住んでいた実家も、岩屋駅から見える山裾にあった。2017年7月5日、九州北部豪雨で流されてしまうまでは。

 日田市に住む熊谷さんは当時、勤務先の病院にいた。豪雨被害が広がりつつあるのは知らなかった。

 午後6時ごろ、休憩時間に携帯電話を見て、母の千鶴代さんから午後4時ごろに2件の着信があったことに気づいた。かけ直したが、自宅の電話も母の携帯もつながらない。ニュースを見ていた患者さんに「大変なことになっとるよ」と言われた。胸騒ぎを覚えたが、「どこかに避難しているはず」と自分に言い聞かせ、勤務を続けた。

 翌朝、実家へ向かった。道路は途中で寸断されており、車は乗り捨てた。普段なら30分ほどの道のりを3時間かけてたどりついた。本迫(ほんさこ)川のそばにあった実家は跡形もなかった。両親は翌日、遺体で見つかった。

 被災前夜、実家に寄っていた。…

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