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(5日、愛知独自大会 小坂井6-3豊橋西)

 6点を追う七回の豊橋西の攻撃、3点を返してなお2死一塁で谷町源主将(3年)が打席に入った。それまでの3打席は、凡退しながらもライナー性の当たりを外野に飛ばすなど、手応えは感じていた。

 「自分の一打で逆転につなげる」。ところが、一塁走者がけん制で刺されてチェンジに。「試合勘が戻っていない。もっと練習試合ができていれば」と仲間をかばった。

 小学3年生の時、右足の骨が変形する難病のペルテス病と診断された。手術をくり返しながら中学まで野球を続けたが全力疾走できず、高校では野球をやめるつもりだった。

 ところが、林泰盛監督に誘われて野球部に入部。1年生の時は代打でしか出場できず、出塁するとすぐに代走を送られた。

 林監督の指導でトレーニングを続けるうち、徐々に筋力がつき、内野守備がこなせるようになった。昨秋の新チーム発足時には主将と4番打者に指名された。「冷静かつ前向きで勝負強い。チーム内から全く文句は出なかった」と林監督は評価する。

 この試合、安打は出なかったが、三塁の守備を着実にこなした。九回表の守りでは、2死一、三塁から重盗を試みた三塁走者を三本間に挟んでアウトにした。「あんなプレーができるなんて」と、スタンドで見守った母の緑さん(44)は涙ぐんだ。

 試合後、谷町主将は「力は出し尽くしたけど、もっともっと試合がやりたかった。支えてくれたチームと両親に、全力疾走する姿をもっと見てほしかった」と笑顔で話した。(本井宏人)