拡大する写真・図版玄奘が学んだインド・ナーランダの寺院跡

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 新型コロナ禍で苦境が伝えられる日本国内の外国人留学生への支援をめぐって批判が起きている。古代史家で奈良女子大学准教授の河上麻由子さんは、人的交流を外交の安定に生かした古代アジア各国の歴史をひもとく。遣隋使に伴われた日本人留学生や、天竺(てんじく)を目指した玄奘(三蔵法師)は、行く先々の国々でどう遇されたのか。文化立国として現代日本がなすべきヒントを、歴史は教えてくれる。

寄稿:河上麻由子・奈良女子大学准教授(日本古代史)

 新型コロナウイルス感染拡大のため、世界中の大学で国際交流事業が滞っている。深刻なのが、留学生の受け入れと送り出しだ。学生の安全をどう確保するのか。問題は山積みだ。

 かわかみ・まゆこ 1980年生まれ。著書に『古代日中関係史』『古代アジア世界の対外交渉と仏教』など。

 日本では特に、「学生支援緊急給付金」をめぐる問題が未解決だ。これは、外国人留学生だけ、出席率や成績が良い場合にのみ申請を可能とするもの。日本では国策として留学生を増やしてきた。国家として歓迎し、自国民と同じ学費を課しながら、危機には大多数を切り捨てようとする態度に批判が相次いでいる。

 東アジアの留学生の歴史は古い。国策として多くの留学生を受け入れた国は、中国の隋までさかのぼって良いだろう。

 「日出処天子」で始まる書状を持参した遣隋使は、留学僧を数十人伴っていた。倭(わ)国人僧侶は、都の鴻臚寺(こうろじ)(外務省)で仏教を学んだ。煬帝(在位604~618年)は、名僧を鴻臚寺に呼び寄せ、倭国や朝鮮半島の僧侶に教授させた。608年に倭国は留学生も派遣した。隋は留学環境を整備し、彼らの滞在にかかる費用を全て負担した。

 10年後の618年に煬帝は殺…

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