5日、鳴門渦潮(徳島)のグラウンド。打席に稲葉柊(しゅう)君(3年)が入った。身長165センチとチームでは小柄だが、主将で1番打者を務める遊撃手だ。京都府向日市の自宅から駆けつけた母智子さんがネット越しにスマートフォンのカメラを向ける。打球は金属音と共にセンター方向に抜けていった――

 阪神ファンの父能行さんと2歳上の兄利也斗さんの影響で幼稚園の時に野球を始めた。中学時代の先輩に「甲子園に行ける可能性がある」と鳴門渦潮に誘われ、自ら京都を離れて寮生活を選んだ。

 2年生の時、同室だった前主将と毎朝、ティー打撃で汗を流した。トレーニングを重ねるうち、50キロ台だった体重は65キロに増えた。

 だが2月末、「コロナ禍」で休校になり、寮生は自宅に帰された。森恭仁監督から「練習は個人に任せる」と言われた。稲葉君は近所に住む、兵庫県の高校で野球を続ける幼なじみとキャッチボールなどをしながら、チームメートとLINEで情報交換を続けた。選抜大会中止に心が折れかけたが、弱音は吐けなかった。「言っても、いい雰囲気にはならないから」

 4月8日、約1カ月ぶりに寮に戻った。だがその日に再休校が発表された。グラウンドに出ないまま智子さんの車で京都に戻った。16日には緊急事態宣言が全国に拡大され外出自粛が求められた。

 5月20日、夏の甲子園と地方大会の中止が決まった。家の前で素振りする合間、思わず漏れた。「このまま引退かな……」。智子さんはかける言葉が見つからなかった。

 学校再開が決まり県高野連が独自大会開催を模索していたころ。副主将でエースの鈴木連君(3年)や4番打者の岡田栞夢偉(かむい)君(3年)と電話で話した。「きっと独自大会はある」「それを目標にしたらいい」。同じ思いを確認できた。

 「秋、めちゃくちゃ悔しい思いをして、みんな絶対このままで高校野球終われへんと思う。かわりの大会してくれたら徳島での頂点を俺らがとろう! 絶対絶対に」

 昨年の秋季大会2回戦で生光学園に3―4で敗れた試合を思い出しながら、スマホで部員全員にメッセージを送った。今もスマホに残している。

 5月23日、約4カ月ぶりの全体練習再開。寮のすぐそばにあるグラウンドに、今までにないような大きな声が響いた。独自大会の開催が正式に決まり、6月に入ってからは毎週末に県内校同士の練習試合ができるようになった。ネット裏では両親が見守っている。

 稲葉君は言う。「今まで『甲子園、甲子園』ばかりを考えていたけど、こんなにもみんなと野球がしたかったんだと気がついた」(雨宮徹)