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 藤井聡太七段が渡辺明棋聖に挑戦している将棋の棋聖戦第3局の戦型は「角換わり」になった。藤井七段の初タイトルが注目されているなか、「角換わり」がネット上のトレンドワードになっているという。40年近い将棋ファンとしては感慨深い。「角換わり」とはどんな戦法なのか。歴史をたどってみる。

 まず、この戦法、「かくがわり」と読みます。パソコンで「かくがわり」と打ちこんでも変換されないことに、この原稿を書いていて気付いた。一般的にはマイナーな言葉だが、矢倉、横歩取り、相懸かりと並ぶ居飛車の代表的な戦法の一つだ。序盤早々に角を交換して、双方が手持ちにするのでこう呼ばれる。ちなみに将棋の二大戦法は「居飛車」と「振り飛車」。飛車を初型のまま置いておくのが「居飛車」、序盤早々に左に「振る」のが「振り飛車」だ。「角換わり」は「居飛車」戦法のなかで、代表的な戦型という分類になる。

 「角換わり」と一口にいっても、角を交換した後の展開で、「棒銀」「腰掛け銀」「早繰り銀」などと細かく分かれていくのだが、今回は本局のような「角換わり腰掛け銀」の歴史をざっとひもといてみよう。先手後手の双方が5筋の歩の上に銀を「腰掛ける」ので「腰掛け銀」というわけだ。

 「角換わり腰掛け銀」がプロの間で最初に大流行したのが、戦前に無敵といわれた木村義雄十四世名人の時代だ。木村名人の名前を冠した「木村定跡」が生まれ、のちに振り飛車党に転向する大山康晴十五世名人、升田幸三・実力制第四代名人らその後に一時代を築いたトップ棋士たちが盛んに指し、多くの名局が誕生した。

 ただ、「角換わり」戦法はその後、停滞期を迎える。大山、升田時代の後を継いだ中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖、加藤一二三九段らの得意戦法といってまず浮かぶのが「矢倉戦法」だ。「矢倉は将棋の純文学」などと言われ、「矢倉を制するものが将棋界を制する」時代が長く続いた。

 戦法の盛衰は、いつもその時代のトップ棋士にゆだねられる。

 「角換わり」の新時代を築いたのは、1980年代に台頭した谷川浩司九段だった。1983年に21歳で史上最年少名人に。その後、新たな工夫をそそいだ角換わり戦法を多用して、数々のタイトルを獲得し、一時代を築いていく。当時の第一人者が盛んに採用したことから、その後の羽生善治九段に代表される「羽生世代」に研究が受け継がれた。丸山忠久九段は「角換わり」と「横歩取り」をエース戦法に勝ちまくり、2000年には名人になった。谷川九段、佐藤康光九段と丸山九段の名人戦は「角換わり」の激闘のシリーズとして記憶に残る。

 そして現代、角換わり腰掛け銀は、何度目かの全盛時代を迎えている。大きなきっかけはAIの進化だ。同じ「角換わり」といっても、現代は双方の飛車が一番下段(2九と8一)にいるのが特徴で、AIが推奨する形という。ほんの少しの形の違いで、まったく違う変化が生じるのが将棋の面白いところだ。一昔前とはまったく違う定跡が、日々生まれている。

 藤井聡太七段は角換わりの採用率が最も高く、渡辺棋聖、豊島将之名人・竜王、永瀬拓矢二冠、木村一基王位らトップ棋士も盛んに採用している。AIによって、終盤の詰む詰まないまで研究されている変化も多く、研究が行き届かないととても指せない戦法だという。ちなみに昔から「角換わり」はアマチュアにはあまり人気がない。激しい戦法なので、少し間違えるとすぐに負けてしまうことが大きく影響しているようだ。本局も午前中にすでに終盤ともいえる局面まで進んでいる。渡辺棋聖、藤井七段ともに、十分な事前準備をして挑んでいることは間違いない。(丸山玄則)