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 北海道の津別高校、清里高校と連合チームで出場する訓子府高校。部員は3年生3人のみだ。最後の夏に向けて、斉藤要主将、若生(わこう)大輝選手、渕野諒(りょう)選手は、そろって「感謝」を口にする。

 3人の入学時、野球部は休部状態だった。部の復活には学校の規則で2年ほどかかることも知った。つまり、部ができるころには3年生。「早く野球部を作りたい」と、木村仁監督(53)に相談すると「学校生活で、こいつのためなら動きたいと思ってもらえる行動をしろ」と指導された。

 それからは大きな声であいさつするなど、礼儀正しい生活を徹底した。話は校内中に広まり、教員や生徒から「頑張って」と声をかけられることも増えた。

 2年に上がる直前の昨年3月の終業式。1年間の行動が実を結び、当時の校長が特例で1年早く野球部の復活を認めてくれた。3人のひたむきさが、多くの人の心を動かした。

 再始動後初めての練習終わりに、木村監督から「最後の夏の大会まで、あと480日だ」と告げられた。まだ1年生だった3人はずいぶんと先の話に驚いたが、木村監督は「周りへの感謝があるなら、集大成となる3年の夏にしっかりと成果を残せ」と言った。3人の目標が決まった。「最後の夏に、絶対に勝つ」

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 今年の春。新型コロナウイルスの影響で学校での練習ができなくなってから、3人は練習内容や感想を監督に報告する野球日誌をつけ始めた。タイトルは「最後の夏への軌跡」。最後の夏の開幕までの日数も、毎日書き添えた。

 一時休校が明けた4月8日、斉藤主将はロングティーで中堅手の頭を越える打球を飛ばした。休校を他校と差を付けるチャンスととらえ、毎日筋トレに励んだ成果が出た。初めての飛距離に手が震えた。日誌には「誰にも負ける気がしない」と書いた。

 5月20日、新型コロナウイルスで夏の選手権大会の中止が決まる。だが斉藤主将は、下を向かなかった。日誌には「(独自の)地方大会の開催が決まる日まで絶対に信じる」と記した。

 他の部活の大会も中止になっているのに、野球だけやるのは難しいと分かっていた。それでも最後の夏の勝利という目標を諦めたくなかった。カウントダウンの数字は「39」。前日から一つ減らした数字を刻んだ。

 6月2日、道高野連が独自大会の開催を発表した。斉藤主将は「また周りのおかげで野球ができる。本当に感謝という思いしか出てこなかった」と振り返る。

 日誌の数字は「27」まで減っていたが、開幕日が新たに設定され、数字は「39」に戻った。期せずして5月20日と同じ数字だった。でも、「2度目の『39』は、目標に挑戦していいんだと後押ししてくれる数字。書いている時の心の軽さが全然違った」

 山あり谷ありの高校生活でも、ぶれずに見据えてきた最後の夏。斉藤主将は「僕たち3人が目標に向かって野球ができているのは奇跡だと思う。支えてくれた人たちへ、絶対に恩返しします」と話す。もうすぐ数字は「0」になる。精いっぱいの感謝の気持ちは、公式戦の初勝利で示す。(前田健汰)