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 昨夏の甲子園に出場した立命館宇治(京都)。6月下旬、グラウンドではボールを呼ぶ声が響いていた。

 「もういっちょいこう。もっと速くいけるか」

 そう言ってノックを打っていたのは、主将の岡田蒼司(そうし)君(3年)。打球を受けるのは1~2年生だ。

 「ファースト、正面で待っといたら。無理に行くから、おかしなんねん」

 「おお、いいなあ。できるやん」

 ノックしながら、野手の細かいステップや体の使い方を教えていく。良いプレーをほめることも欠かさない。ほかの3年生も後輩指導にあたっていた。

 例年の今ごろは、3年生を中心とした大会出場メンバーがグラウンドの大部分を使い、ほかの部員は球拾いや声かけをするのが慣例だった。1年生は「お客さんのようなもの」で、できるのは隅っこで素振りをすることくらい。そんな練習風景が、今年は様変わりしている。

 きっかけは、岡田君の一言だった。

 夏の甲子園中止が決まった翌日の5月21日、コロナ禍を受けて自宅で待機中だった部員らによる、インターネットを使ったミーティングが開かれた。

 里井祥吾監督(37)は、大会中止を全員に伝えたあと、今後の活動について話し合うため、3年生に残ってもらった。やめる子もいると覚悟していた。

 「別の大会があるかも分からんけど、練習再開したらどうしたい?」

 そんな里井さんの問いかけに、岡田君はこう切り出した。「こんな状況だからこそ、後輩の指導しかない」と。

 強豪校として知られる同校は、今年の部員数は80人ほど。例年、いくつもチームを作れるほど各地から球児が集う。岡田君は1年生のころ、3年生全員と話すチャンスはなかった。「関わりがないのが当たり前だと思っていた」

 ただ、まれにゴロの捕球のコツや一歩目の出方を教えてもらい、「夏を勝ち抜くにはまず、体力だからな」というアドバイスをもらったこともある。うれしかったし、「試合に出ている人の言葉には説得力がある」とも感じていた。

 夏の甲子園が開かれることを信じて、休校中も自宅のある大阪府茨木市で練習を続けてきたが、中止が決まり、自分たちが何を残せるかに意識が向いた。頭に浮かんだのが、そんな1年生のころだ。

 「次の目標は、甲子園への道がまだある下級生を指導することだ」

 岡田君の意見をもとに、再開された部活では、日に約3時間の練習の半分が下級生中心のメニューになった。部員同士の指導のせいか、上級生と下級生の会話も増えたという。

 捕手で副主将の浅野彰久(あきひさ)君(3年)は、当初は「俺の高校野球終わったなあ」という思いだった。だが、いざ後輩を教えてみると、指示を聞いて改善しようとする姿にうれしさを感じるように。「この場面でそんなこと考えてんねや」と新たな発見も。あらためて「野球が楽しいという初心に戻れた」と言う。

 浅野君に教わる奥田壮真(そうま)君(1年)は「監督やコーチよりも距離が近くて、質問しやすい。こういう選手になりたいという目標を、目で見て、肌で感じられる」と話す。

 同校は、府独自の夏季高校野球ブロック大会に3年生だけで出る予定だ。下級生の指導をする一方、岡田君ら3年生は、少なくなった自分たちの練習時間にも、もちろん全力を傾けている。いい試合を後輩たちに見せてやるつもりだ。(白見はる菜)