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 背番号6番の軽快なグラブさばきは、バドミントン部。声を張り上げる7番はバスケットボール部。野球部員は1番と2番の2人だけ。7月初旬、「助っ人」10人を加え、下高井農林(長野)は今年初めての練習試合に臨んだ。気合は十分。ユニホーム姿で、背番号までつけた。

 「下向くな。元気よくいこう。野球を楽しもう。ミスも三振もエラーもOK」

 試合前、宮崎平監督(31)がこう発破をかけると、「まじっすか!」。チームのムードメーカー、バドミントン部の藤原永羽(とわ)(3年)が冗談ぽく応じた。12人の顔が一気にゆるんだ。

 試合はミスと三振とエラーの連続。バットになかなか当たらず、ゴロはそらし、フライは落とす。それでも元気だけは負けなかった。空振りするたび、「ナイススイング」と大声が飛んだ。

 助っ人10人が硬球を握ったのはつい1カ月前だ。新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、分散登校が始まった5月中旬、宮崎監督は3年生の教室を回った。「野球で申し訳ないけど、一緒にやらないか」

 声をかけたのは、インターハイなど、最後の舞台を失った3年生たちだった。長野県木島平村にある同校は、全校生徒約180人の小さな学校。野球部以外の生徒のがんばりも知っていた。「彼らにも花道が必要。何かに一生懸命になった経験はきっと将来、役に立つ」

 すぐに応じたのは藤原だった。もともと中学まで野球をやっていた。それに、野球部員の嘉部竜一(3年)とは3歳からの友だち。遅くまで練習する姿を見てきた。「野球がバドミントンの代わりとはいかないけど、力になれるなら」

 バスケは代替大会さえ開かれない。宮崎輝(あきら)(3年)は「本当に悔しかった」。いまは夕方5時半までバスケの練習、そのあとグラウンドに顔を出し、夜7時まで自主練習という毎日。硬球どころか、グラブをはめるのも初めて。「部員の2人に悔いが残らないよう、精いっぱいやりたいから」と必死にフライを追う。

 全国的にも珍しい「そば班」の生徒も。そば打ちの腕前を競う全国大会に出場が決まっていたが、中止になった。野球経験者でもある滝沢新史(3年)は「野球にぶつけたい。元気よく挑む」と意気込む。

 助っ人を集めたのは、もう一つ理由がある。部員の嘉部と佐藤亮太(3年)の2人は昨秋、4校で連合チームを組んだ。マネジャーの小出百合(3年)は、2人がいつもより元気がないように感じた。「他校の選手に気をつかっているように見えた」。今年1月、自ら監督に単独チームで出たいと伝えた。「私は農林というチームが大好き。2人も同じだと思う」

 初めての練習試合。小出の目には、2人の姿が昨秋よりもずっと楽しそうに映った。人生初の背番号1という嘉部は、ピンチでもずっと笑顔。2番の佐藤も「1年から知ってるやつらばっかり。野球を思いっきり楽しみたい」。

 助っ人も思いは同じだ。宮崎輝は「チーム一丸っていうのは、やっぱりいいな」とはにかんだ。

 結果は2―15の大敗。試合が終わり、整列した12人。真っ黒に日焼けした笑顔に、泥だらけのユニホームがよく似合っていた。=敬称略