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 兵庫県高校野球連盟が主催する夏季県高校野球大会(朝日新聞社など後援)が18日に開幕する。新型コロナウイルスの流行による夏の選手権大会の中止に直面した球児たち。自分にとって高校野球とは何だったのか、悩み、それぞれの「栄冠」をつかもうとする姿がある。その一人を紹介する。

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 「5月20日 今日正式に甲子園の中止が決まり、予選の中止も決まりました。このことについては悔しいし、なんで今年なんやと思うこともあります」

 夏の選手権大会の中止が発表された夜。明石南(兵庫県明石市)の主将、中野裕太君(3年)は、自宅でノートにこう書いた。

 自室の棚にある12冊のノート。丁寧な字でぎっしりと、その日の練習の反省や野球への気持ちを記してきた。入部した時、永添努監督(33)に言われて書き始めた。ノートを書くと、自分やチームの課題がよく見えた。ノートは必ず毎日、この言葉で締めくくる。

 「明日も1日がんばります」

 2年の夏、新チームで主将に任命された。他人に厳しく、自分にはもっと厳しく。率先して声を出し、チームを引っ張る姿勢に永添監督は期待した。

 だが、しばらくは空回りが続いた。

 主将として初めて迎えた昨年の秋季県高校野球大会。初戦の前、ウォーミングアップをしているとチームメートがふざけ、笑う姿が目に入った。「切り替えろよ」。強い口調で一喝。すると、「中野が主将じゃだめだ」と誰かが言うのが聞こえた。

 仲間に厳しく接しているのは分かっていた。ただ、「みんなが野球に熱くなれるわけではないのかな」と、さみしく感じた。

 「10月29日 みんなが何を考えているのか、ぼくには分かりません」

 その年の冬、チームが変わるきっかけがあった。奈良大付(奈良)との練習試合。甲子園にも出場した強豪だ。

 1点を追う六回裏1死一塁で、中野君に打席が回った。絶対に送りバントを成功させたい場面。4球目、バットを出したが、打球は投手の前に転がり、一塁走者は二塁でアウト。試合は0―1で敗れた。

 中野君は落ち込んだ。だが、仲間たちの様子もいつもと違っていた。

 「11月10日 チームとして成長を感じたことは、少なくともスタメンで出ていた9人は誰1人、1対0のゲームで満足していませんでした」

 みんなの気持ちが、一つになった気がした。

 3月1日、県内で初めて新型コロナウイルスへの感染者が確認された。部活は休止、自宅での自主練習を余儀なくされた。

 「4月15日 今の日本の状況では夏の大会もないかもしれないと感じます。自分の中では半分諦めはついています。それでも練習しています。(中略)今まで本気になれたことは野球しかありません」

 モチベーションが下がらないよう、自主練習を「春季キャンプ」と名付け、走り込みや砂浜でのトレーニングで自分を追い込んだ。

 そんな時、選手権大会の中止が発表された。

 分かっていたつもりでも、頭は真っ白になった。一方、試合に勝つことにこだわり続けてきた中野君には、これまでと違う気持ちもわいていた。5月20日のノートは、こう続く。

 「代替の大会があるなら今までの野球人生をかけて勝ちにいきたい。勝ちたいというよりはみんなと1試合でも多く野球したいです」

 書き終えると、涙をぬぐい、街灯に照らされた近くの公園へ行った。一人でバットを振り続けた。

 中学生のころから消防士をめざしてきたが、コロナ禍の中で、新しい目標ができた。大学に進学し、高校の教員になることだ。

 「指導者として、もう一度、甲子園をめざしたいんです」(森下友貴)