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 12日、大阪学芸(大阪市住吉区)が河南町のグラウンドで開いた紅白戦。土居颯斗(はやと)君(3年)は右打席で一息ついた。「いつも通りいこう」

 九回1死。カーブが左ひざに直撃した。「痛いっ」。土居君の高校野球最後の打席は死球で終わった。「颯斗らしいな」。応援していた母七緒さん(42)は思った。打ちたい気持ちが空回りしたのかも。でも、息子の顔はすがすがしく見えた。

 その2日前、小笹(こざさ)拓監督(33)が18日に開幕する府大会の登録メンバー30人を発表した。30枚の背番号を手にしたのは全員が3年生。土居君を含め10人は名前を呼ばれなかった。

 冷静に受け止めたつもりだった。でも、自宅の玄関に入ったとたん涙があふれた。悔しさの半面、納得がいく部分もあった。「みんなが練習している時、僕は練習していなかったから」

 土居君たちの学年は選手だけで47人が入部した。2017年春の府予選で大阪学芸が8強入りしたのを魅力に感じ、進学を決めた部員が多かった。

 レギュラー争いは激しく、土居君は3年になって一塁手へ転向した。「1桁の背番号で甲子園出場」という目標のために自ら決めた。持ち味の打力を磨こうと、コロナ禍で3月上旬から休部になった後も素振りを毎日欠かさなかった。

 だが5月20日、夏の甲子園の中止が決まった。「野球をやめようと思う」。その夜、土居君は家族に切り出した。この先、何のために野球をするのか。目標を見失った。「試合もないまま引退だろうな」。もう学業に専念しようと考えた。

 土居君を含め3年生6人が、夏の大会には出ないことに決めた。学校が再開された6月1日、決意を明かすと、同級生でチームメートの大野太陽君に引き留められた。「高校で野球を最後にするなら、今やめたらきっと後悔する」。グラウンドまで一緒に行こうという大野君の誘いを土居君は振り切って帰った。

 約2週間後、野球部の休止も解除された。放課後、電車の中で土居君はふと、仲間たちの姿を思い浮かべた。「ほんまにこんな終わり方でいいんか」

 緊張しながら職員室を訪れた。「部活を続けたい」と川上拓也部長(35)に言うと、「ええよ」。家でバットを2時間以上振った。遅れを取り戻したかった。

 練習に戻った。仲間は以前と変わらず迎えた。「野球が恋しなったんでしょうね。僕たちも戻ってきてほしかった」と主将の清水亮汰(りょうた)君(3年)。大野君も「全員で切磋琢磨(せっさたくま)して終われたら、どんな結果でも納得できるはず」。

 メンバー発表時、小笹監督は「背番号の数字が人間としての価値じゃない。メンバーから外れても次に何ができるのか、プラスに考えてほしい」と語った。

 引退試合の紅白戦を終え、土居君は気持ちを切り替えた。「みんなと最後まで戦って勝つ。大阪で一番になる」。打撃投手や守備練習のサポートを引き受けた。一度は野球をやめた自分を迎えてくれた仲間のために。(浅沼愛)