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(19日、茨城独自大会 常総学院6-0取手二)

 両監督の記憶によると、「おそらく夏は初めて」という対戦が、いつもと違う特別な夏に実現した。

 1984年夏の甲子園で優勝した取手二と、2003年夏に全国制覇を果たした常総学院が、夏季茨城県大会2回戦で顔を合わせた。

 監督はともに取手二の卒業生で、木内幸男監督(89)の指導を受けた。母校を率いる後藤賢監督(60)は、同校が初めて甲子園に出た77年夏は控え投手、78年夏は中堅手。一方、常総学院の佐々木力監督(54)は84年夏に、2番二塁手として優勝に貢献した。

 待望の対決は中盤まで接戦になった。四回まで、ともに無得点。

 佐々木監督が11年秋に就任以降も春夏3回ずつ甲子園に出ている常総学院に対し、取手二は全国優勝を最後に甲子園から遠ざかっている。「自分で感じ、考えて動け」という後藤監督の指導のもと、主将の筧田奨捕手が2年生エースの笠原晃生投手を好リードし、いい当たりをされても、内外野が手堅く守った。

 「間違ってもいいから、感じたことをしゃべれえ~」。守る選手に、後藤監督はベンチから声をかけた。ピンチで緊張すると声が出なくなるからだという。「小さなことを大事にする。木内さんもそういう連続だった」と後藤監督。「さらに大胆さも、木内さんにはあったけどね」

 後藤監督も攻撃時は一転し、「大きいスイングをしていれば、体が反応するようになるから」とバットを振ることを奨励した。ただ、常総投手陣の壁は厚かった。ほとんど走者を出せないまま、五、六、七回に2点ずつを失った。

 それでも後藤監督は「選手は大きい経験をしたと思う。佐々木(監督)も負けるとは思わなかっただろうが、途中まで内心ハラハラしたんじゃないかな」と話した後、「佐々木には佐々木の苦労がある。いい選手がそろって勝たなければいけないんだから」と後輩を気遣った。

 実は後藤監督が母校で教育実習をした時、佐々木監督が在学していた。ともに教員となり、1年生大会で1度だけ対戦したことがあるという。「うちは死球を7個受けた。後藤さんは常総の弱点は内角と攻めさせ、ぼくも逃げるなと選手に言ったから。木内さんの教え子同士らしい試合でしょ」と懐かしむ。

 後藤監督は来春に定年を迎えるが、再雇用制度で指導を続ける可能性もあるという。「誰かが後輩の面倒をみないといけないのでね。OBで監督しているのは、ぼくと佐々木と、土浦日大の小菅(勲監督)しかいないから」と笑った。(編集委員・安藤嘉浩