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 奈良の大仏で知られる世界遺産・東大寺の狹川(さがわ)宗玄(そうげん)長老が7月11日、100歳になった。1300年近い東大寺の歴史で、100歳を迎える僧侶は初めてという。長老が思う生と死、そして命とは。

 狹川長老は1920(大正9)年、東大寺の塔頭(たっちゅう)・北林院(ほくりんいん)で生まれた。幼いころは腸が弱く、毎日のように病院で腸を洗う治療を受けていた。

 「医者は父に『10歳までは生きられないだろう』と告げたそうです。そのときの父の気持ちを思うと言葉が出ない。父も96歳まで生きたが、私が100歳まで元気でいられ、あの世でびっくりしているはず」

 中学生のとき、東大寺で得度した。東大寺には毎年2~3月、お水取りで知られる修二会(しゅにえ)がある。

 「44年3月のことでした。お水取りの最中に召集令状が届きました。お国のため、天皇のために死ねと教わり、それが常識だった。死を恐れず、人が人を殺す。戦争ほどつまらないことはない」

 軍人となり、45年の敗戦直前には静岡県の伊豆半島に行かされた。

 「アメリカ軍が本土に上陸するだろう。そのときに備えて浜辺に穴を掘り、その中から機関銃で迎え撃てと命令されました。でも、物資が不足し、穴を掘るスコップも鉄砲も渡されなかった」

 「伊豆の海岸に着くと漁船が消えていました。それが8月15日の玉音放送の翌朝には、いっぱい並んでいる。その漁船を見たとき、『平和っていいもんだなあ』と思いました。満員の汽車で奈良に着き、ふるさとの三笠山を見た瞬間、『ああ生きて帰ってきた』と生を実感しました」

 戦後は東大寺に戻った。87年から3年間、別当(べっとう)(住職)を務めた。今も毎月4~5回、東大寺で営まれる法要に参加する。

 「長寿のひけつは四つ。まずは暴飲暴食をしないこと。肉を食べますが、週に1~2回。お酒は1合ほど。何ごとも欲張らず、腹八分目が大事」

 「二つ目は睡眠です。最低7時…

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