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 高校野球の発展と育成に尽くした指導者を日本高校野球連盟と朝日新聞社が表彰する「育成功労賞」に、山梨県内から日大明誠監督の荒井和夫さん(69)が選ばれた。1989年1月に監督に就任し、97年の第69回選抜大会にも出場した。県内で現在、最年長の監督だ。

 栃木県出身。同県立小山高2年の時、同校初の夏の甲子園出場を果たした。二塁手として出場し、初戦で延長サヨナラ負け。3年では主将を務め、最後の夏は栃木大会4強で敗れた。

 日大卒業後、社会人野球のリッカーでプレー。選手として4年、コーチとして3年チームに携わった。コーチ1年目のとき、80年の選抜大会で初優勝した高知商エースの中西清起さん(その後阪神でプレー)が入社。9年ぶりに都市対抗に出場し、8強進出の原動力になった。

 地元の栃木県小山市に戻った後は、隣接する茨城県結城市の会社に勤めながら、中学生の野球教室の講師や母校の小山高でコーチとして指導にあたった。

 転機は38歳で訪れた。日大野球部監督から「高校野球の監督をやる気はあるか」と声をかけられた。一緒に向かったのが日大明誠。ずっと高校野球の指導者になるのが夢で、「40歳までに声がかかれば」という願いがかなった。

 就任から8年目の96年。秋の県大会決勝で甲府工を破り、初優勝する。続く関東大会で4強入りし、初の選抜出場を決めた。

 当時の甲府工監督は名将、原初也さん。チームは違うが社会人野球の先輩で、「甲府工を目標にすればいいチームになり、甲子園にも行ける」と常に目標にしていた。

 大学生や社会人になった教え子が褒められることが何よりうれしい。「主将になりました」という報告や、「レギュラーではないけれど、チームに大きく貢献している」といった大学監督の声を聞くことが、指導者冥利(みょうり)に尽きる。

 23日、県の独自大会が始まり、開幕試合に登場する。相手は目標にしてきた甲府工だ。「初戦で当たるなんて因縁を感じる。楽しみです」(田中正一)