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 一九四二年八月。日本軍は、オーストラリア北東に浮かぶソロモン諸島のガダルカナル島に飛行場を建設中だった。オーストラリアとハワイ間を航行するアメリカ軍艦を空から爆撃するためだ。ところが、飛行場の完成間近にアメリカ軍が上陸。飛行場を奪われ、日本兵はジャングルの奥に逃げこんだ。翌一九四三年二月までに、増援部隊も含め、二万人以上の日本兵がマラリアや飢餓、戦闘で死んだ。大本営はこのガダルカナル島の大敗を隠し、噓(うそ)の発表をし、国民の戦意を鼓舞した。

 同年五月、アメリカ大陸とユーラシア大陸を北から繫(つな)ぐ北方のアリューシャン列島の島に、アメリカ軍がドッと上陸した。島には日本兵が約二千六百人いたが、大本営は兵の増援も、撤退用の船の派遣もできず、“玉砕命令”を出した。敵の捕虜とならず「潔く死を選べ」と。日本兵は武器や鎌や棒を持ち突撃。ほぼ全員が玉砕した。

 ヨーロッパ戦線も様相を変えており、ドイツやイタリアは連合国軍に押されていた。やがて九月にイタリアが降伏する。

 十月。日本では、学徒出陣が始…

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