[PR]

 抗体は検査だけではなく治療に使うこともあります。病原体に感染した後に治った人やワクチンを接種した人には免疫ができていますので、そうした人の血液を患者さんに投与することで病気の治療や予防に役立つ可能性があります。回復者の血液を投与する治療法は、古くは、20世紀初めのスペイン風邪(インフルエンザ)に対しても行われていたと言いますから、100年以上の歴史があります。抗菌薬よりも歴史は長いです。

 回復者の血液を投与するのは一種の輸血ですからHIVなどの血液を介する感染症のリスクがあります。また、まれですがアナフィラキシーショックといった重篤な副作用が起きる可能性があります。ただ、現代では感染症についてはチェックすればリスクは最小限に抑えられますし、ショックも備えていれば致死的にはまずなりません。

 現代でも行われている抗体を使った治療の一つは麻疹(はしか)に対する免疫グロブリン製剤です。免疫グロブリンは血液中のたんぱく質の一種で抗体の本体です。麻疹にかかったことがあったり、ワクチンを接種したりした人が献血してくださった血液から抽出された免疫グロブリンには麻疹ウイルスに対する抗体が含まれており、麻疹の治療や発症予防目的に使われています。麻疹は非常に効果的なワクチンがありますが、有効な抗ウイルス薬はありません。

 B型肝炎の予防にもグロブリン製剤を使います。B型肝炎にもワクチンがありますが、ワクチンを接種して自分の免疫系が抗体を作りだすまで時間がかかります。ワクチン未接種者が針刺し事故などB型肝炎ウイルスに感染した疑いがあるとき、ワクチンを接種するのと同時に、抗体を多く含んだグロブリン製剤を投与します。投与された抗体は長持ちしませんが、自分の免疫系が抗体を作りはじめるまでの時間を稼ぎます。

 遺伝子組み換え技術によって造られた特別な細胞が作った抗体もあります。「RSウイルス」はありふれた風邪の原因ウイルスですが、免疫不全や先天性心疾患といった病気の赤ちゃんが感染すると重症化しやすく、ときには命にかかわります。予防的にRSウイルスに対する抗体を投与することで重症化を防ぐことができます。献血由来ではなく、細胞から作られた抗体は、感染症のリスクが低く不純物が少ないという利点があります。

 このように、抗体を使った治療法はいくつもありますが、なんといっても、新しい感染症に対してすばやく試してみることができるのが特徴です。最近では、重症急性呼吸器症候群(SARS)やエボラウイルス病(エボラ出血熱)に対して使われました。新型コロナウイルス感染症についても、回復者から採取した血液の液体成分である血漿(けっしょう)の臨床試験が進行中で、効果があったという報告もいくつかあります。本当に効果があるかどうかは大規模で質の高い今後の研究成果を待たねばなりませんが、有望な治療法の一つであることは間違いありません。

 ※参考:COVID-19回復者の抗体測定・血漿採取の参加者募集(http://dcc.ncgm.go.jp/information/pdf/20200618145755.html別ウインドウで開きます

《酒井健司さんの連載が本になりました》これまでの連載から80回分を収録「医心電信―よりよい医師患者関係のために」(医学と看護社、2138円)。https://goo.gl/WkBx2i別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信>http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/

酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。