[PR]

(25日、東東京独自大会 二松学舎大付10-2文京)

 「硬くなりました」

 二松学舎大付の右腕・秋広優人(3年)は、ピンチを背負い続けた投球をそう振り返った。

 身長2メートル、体重95キロ。今大会の背番号は「3」で、チームでは2番手投手だが、2メートルの長身から投げ下ろす角度のある直球は、最速143キロを誇る。

 3年前の夏、二松学舎大付の一塁手だった兄涼太が夏の甲子園に一塁手として出場した。兄の背中を追いかけ、同じ学校に進んだ。中学時代はひじやひざの成長痛で激しい練習ができなかったが、市原勝人監督に鍛えられ、プロも注目する選手へと成長した。打っては高校通算22本塁打。この試合も、プロ球団の複数のスカウトが見つめていた。

 試合前は「甲子園がなくなったので重圧もないだろうと思っていた」という。だが、夏の大会はやはり独特だった。球が走らず、制球にも苦しんだ。

 結果だけ見れば7回コールドだが、二回に先取点を奪われ、三回には2死満塁、五回には1死二、三塁と、ピンチが続いた。五回に最後の打者を空振り三振に仕留めると、思わずガッツポーズが出た。「次は落ち着いていけそうです」

 高校に入った時、「甲子園で日本一になる」と夢を描いた。それは、かなわなかった。だが、いま新たな夢を描いている。

 「優勝して、お世話になった監督を『東京一』にしてみせます」。少し離れたところで、市原監督が笑みを浮かべて、秋広の言葉を聞いていた。=大田(抜井規泰)