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 7月6日夜、イラクにいる朝日新聞の現地スタッフから携帯電話に写真付きのメッセージが届いた。写っていたのは血まみれで担架に横たわる男性。「またか」。顔を見て怒りに震えた。

 男性はヒシャム・ハシミさん(47)。過激派組織「イスラム国」(IS)研究の第一人者だ。首都バグダッドの自宅前で銃撃され、帰らぬ人となった。犯人はわかっていない。

 いつも取材に対し、丁寧な解説をしてくれる人だった。昨年7月に会った際、出演するテレビの中継が長引いて約束の時間に遅れ、道中に何度も電話をくれた。汗を拭きながら現れた姿が印象に残っている。アラブ世界では興奮気味に物事を語る人が珍しくないが、ヒシャムさんは終始落ち着き、にこやかな表情を見せる人だった。

 わずか半年前には南部バスラでも、知人の記者アハマド・アブドルサマドさんが凶弾に倒れた。反政府デモを取材した後だった。これらの反政府デモでは、若者を中心に500人以上が犠牲になったのに、責任の所在も明らかにされないままだ。なぜこれほど人が殺されなくてはならないのか。

 2003年のイラク戦争後、宗派対立、ISの台頭など、この国の混乱は収まらない。今年1月にはイランの革命防衛隊司令官がバグダッドで米軍に殺害され、この地は米イラン対立の舞台にされた。米関連施設を狙ったロケット弾攻撃もやまず、親イラン武装組織の犯行とも言われている。

 政府が統制できない一部の親イラン武装組織にヒシャムさんは批判的だったとされ、脅迫を受けていたという。親族の女性は「政治や親イラン勢力のことには首を突っ込むなと警告していた」と打ち明ける。「イラクという国ではどちらにも肩入れせず、口をつぐむのが利口ということだ」。彼女は希望を失ったようにつぶやいた。

 イラクの取材では、多くの人たちが身の危険を感じながらもかけがえのない話をしてくれる。安心して暮らせる祖国を築きたいとの思いが根底にあるからだろう。そんな言葉を脅迫や暴力で封じることが許されるはずがない。ヒシャムさん、アハマドさんの無念を思うと、悔しさが消えない。(ドバイ支局・高野裕介)