三菱自動車の益子修前会長が死去 不祥事後の再建に尽力

 三菱自動車の前会長、益子修(ますこ・おさむ)氏が8月27日、心不全で死去した。71歳だった。葬儀は近親者で営んだ。経営危機に陥った三菱自の立て直しに尽力。日産自動車の傘下入りを主導した。会長職は健康上の理由で7日に退いたばかりだった。

 1972年に三菱商事に入社。2004年、危機を迎えていた三菱自に三菱グループによる支援の一環として送り込まれ、05年に社長に就任した。

 14年にいったん会長になったが、16年に燃費不正問題が発覚すると、日産自動車から出資を受け入れて再度の危機を乗り切った。

 18年秋に当時のカルロス・ゴーン会長が逮捕されると、日産および仏ルノーと組む「3社連合」で首脳間の調整役を担った。19年6月に、三菱自の最高経営責任者(CEO)を加藤隆雄氏に引き継いだ後は、記者会見などで前面に立つことは減っていた。

 三菱自は今年7月末に中期経営計画を発表した。子会社であるパジェロ製造(岐阜県坂祝(さかほぎ)町)の工場閉鎖や、そこでつくってきたパジェロの生産終了などを盛り込んだ。益子氏はその直後の8月7日に会長職を退いていた。「治療に専念する」と会社に説明していたという。