拡大する写真・図版アジアで就活@インド編 大谷圭司さん

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 就職先はどこにする? 日本から足を一歩踏み出すと、そこには躍動するアジアの舞台が待っていました。20~30代の6人が、仕事と生活を語ります。連載「アジアで就活」の第3回はインド編です。

 首都ニューデリーと南部のチェンナイ。大谷圭司さん(35)はインドの二つの都市に4年近く住んだ。二輪メーカー「ヤマハ発動機」の現地法人で財務や経理を担当し、刺激的な日々から学び取ったことがある。それは、大雑把さと胆力だ。

 日本では事前にリスクを把握し、綿密な計画を立ててから物事を始めることが多い。インドでは「とりあえずやってみる」が主流といえる。日本人ビジネスマンの目には無計画で場当たり的と映りがち。だが、計画してもなかなかその通りに進まないのであれば、まずやってみるのが近道だったりする。

 「製品の品質など絶対に妥協できないことはあるが、妥協しても進める決断をすることも必要だと学んだ。突拍子もないトラブルに見舞われた時に、慌てずに対処できる力があるか。胆力も鍛えられた」。インド人の部下と銀行のコミュニケーションの行き違いで借り入れができなくなり、明日にも資金不足に陥ってしまう――。そんな危機も、主要な取引銀行の担当者全員に電話をかけ、緊急貸し出しの交渉をまとめ上げてどうにか乗り切った。

拡大する写真・図版勤務地がニューデリー近郊からチェンナイへ変わる前に、職場の仲間と記念撮影。大谷圭司さんは最前列に=大谷さん提供

 都立国立高校に通っていた時に読んだ本の1冊が、「なぜ世界の半分が飢えるのか」(スーザン・ジョージ著)だった。がぜん途上国への興味が湧いた。一橋大学社会学部に進学し、途上国を研究するゼミを選んだ。

 インドへのあこがれは、大学2年の時に3カ月間、西部アーメダバードのNGOでインターンとして働いた経験から抱いた。英語力を伸ばしたかったこともあり、当初希望していた赴任先は日本から近い英語圏のフィリピン。あいにく募集がなく、「眼中になかった」インドに赴いたことが、その後の人生に大きく影響することになる。

 英国やフランス、スペイン、オランダ、米国……。様々な国からやって来た仲間たちと同じアパートに住み、語り合ったことで世界観が広がった。英語は好きでインターン前に必死で勉強し、生活で困らないレベルにはなっていた。それでも、仲間たちの会話はテンポが速く、ついていけない。英語でのコミュニケーションがうまくいかず、ホームシックになって部屋に閉じこもった。

「ここに来た意味は何だ?」

 そんな時、インド人の友人が「ここに来た意味は何だ? 閉じこもってどうする」と外に引っぱり出してくれた。「インドは刺激や活気にあふれているだけでなく、困っていると助けてくれる人の温かさや懐の深さもあった。いろんなトラブルを乗り越えていく楽しさも感じた」。この国に魅了されずにはいられなかった。

 インターンは自分の進路を考える契機にもなった。受け入れてくれたNGOはスラムで子どもに文字を教える活動などをしていたが、運営資金の獲得にあくせくしていた。お金がなければ運営はできないし、人も集められない。大谷さんの役割は、貧しい人々に少額の融資などをする「マイクロファイナンス」の導入の可能性を探ることだった。同じ国際貢献でも、自分は草の根レベルの活動をするのではなく、資金を出す形で役に立てないか、と考えるようになった。

その後、日本で着実にスキルを磨き、あこがれのインドに渡った大谷さん。家族とともに異文化を満喫します。しかし、やがて目標とするキャリアをつかむために大きな決断を下すことに…。記事後半で、インタビュー動画とともに紹介します。

 大学卒業後、すぐには海外を目…

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