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(1日、兵庫独自大会 武庫荘総合 9 - 2 仁川学院)

 仁川学院の誰もが4番、槙原葵人(あおと)君(2年)の帰りを待っていた。病気で長期の入院生活。出席日数が足りず進級できなかったが、同級生だった3年生とともに最後の夏に挑んだ。

 昨年9月、体調に異変を感じた。体のだるさと微熱。病院で血液検査を受けると「急性骨髄性白血病」と診断された。頭は真っ白。「死ぬのか」という恐怖が押し寄せてきた。

 抗がん剤治療が始まると吐き気や40度以上の高熱に襲われた。「グラウンドに立つのはもう無理か」と諦めかけた日もあった。

 だが、北山恵多主将(3年)らがお見舞いに訪れては、「帰ってきたら4番、頼むぞ」と励まし続けた。槙原君の「絶対帰る」という力強い言葉に、「励まされているのは俺らじゃないか」と北山君。

 順調に回復し、2月に退院。1日は約1年ぶりの公式戦だった。五回表、無死一塁で打席に立ち、スライダーをとらえ中前安打。しかし後続が打ち取られ、得点にはつながらなかった。

 チームは7回コールドで敗れた。でも、仲間の名前に続いて「4番、ショート、槙原君」というアナウンスを聞いて実感した。「僕は帰ってきたんだ」。(森下友貴)