拡大する写真・図版長崎での被爆や戦後の経験を語る富田芳子さん=東京都葛飾区、2020年7月28日、林敏行撮影

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 テレビをつければ、目に入るのは「新型コロナ」の5文字。人々の暮らしに影響を与えるウイルスをめぐり、様々なニュースが伝えられる。その中で、心をざわつかせるものがある。東京都葛飾区で暮らす富田芳子さん(81)は、あのときの出来事を思い出さずにはいられない。

「あっちいけ」

 うだるような暑さの中、両手に荷物を抱えて歩き続けた。水筒の水は尽きたのに、汗は止まらない。

拡大する写真・図版原爆投下後、焼け残った家財をリヤカーに積んで郊外へ避難する人たち=長崎市、朝日新聞カメラマンの故・松本栄一氏撮影

 1945年の夏、6歳だった富田さんは母や妹、弟と長崎市郊外に向かっていた。8月9日、自宅から1・8キロで原爆が炸裂(さくれつ)。家族に大きなけがはなかったが、家は傾き、周囲の環境も不衛生になったため避難しようとした。

 井戸のある民家にさしかかった時だ。富田さんらを見た女性がつるべを回収し、家に入っていった。「水をいただきたいんですが」。閉ざされた玄関の前で、母が声をかけると、中から女性の怒鳴り声が聞こえた。

75年前の戦争と、現代の新型コロナウイルス。全く異なる出来事ですが、富田さんは「まだ同じことが繰り返されている」と感じています。どういう意味なのでしょうか。記事の後半では、幼いころに脳裏に焼き付いた「差別の記憶」をたどり、コロナ禍との共通点を考えます。

 「街から来た人はどんなバイ菌…

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