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 広島市は3日、平和記念公園(広島市中区)の一角から発掘された被爆前の住宅跡などの「被爆遺構」について、展示施設の概要を公表した。かつて一帯に「中島地区」という繁華街があったことを伝える目的で、来年度末の公開を目指す。

 施設は平屋建てで、平和記念資料館東館の北側に建てる。アスファルトで舗装された「天神町筋」と呼ばれた道路や側溝などの実物のほか、原爆による火災で炭化した畳や板材のレプリカなどを発掘された状態で展示する。被爆前の町並みや暮らしも写真で紹介。施設につづく歩道は、かつての天神町筋と同じ幅に合わせる予定で、22年度以降に整備する。

 平和記念公園は焼け跡に盛り土をし、被爆9年後の1954年に完成した。遺構は深さ約60~90センチの地中から見つかった。

 展示方法などを検討してきた有識者会議の三浦正幸座長(広島大名誉教授)は「多くの人でにぎわった町が一瞬で破壊され、平和な暮らしを奪った。原爆のむごたらしさをぜひ感じてほしい」と話した。(東郷隆)