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 新型コロナウイルスは、長年続いてきた原爆犠牲者の慰霊の場にも影響を及ぼしている。被爆75年となる6日を前に、広島市中心部での追悼行事の中止や縮小が相次いでいる。(東谷晃平)

 平和記念公園内に立つ「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」の前で4日朝、近くに住む奥本博さん(90)が静かに手を合わせた。

 碑はブロンズ製で、ぐったりとした子どもを抱きかかえた女性教師が天を仰ぐ姿をしている。広島市によると、原爆で犠牲になった国民学校の子どもの数は約2千人、教師は約200人という。その死を悼み、1971年に建立された。

 毎年8月4日に碑の前で慰霊祭が開かれ、広島市内の小中学校の児童・生徒や遺族ら約1千人が集まり、色とりどりの折り鶴を捧げ、合唱する。

 袋町国民学校(現・広島市立袋町小学校)の3年生と1年生だった弟2人を原爆で亡くした奥本さんも、毎年欠かさず慰霊祭に参列してきた。

 あの朝は、学徒動員で自宅から約4キロ離れた作業所にいた。翌日、爆心地近くの今の広島本通商店街にあった自宅にたどり着くと、跡形もなかった。再会できたのは祖母だけ。母をみとり、父の遺骨を受け取った。弟2人のほかに、県立広島第一高等女学校(現・県立広島皆実(みなみ)高校)の1年生だった妹の消息もわからないままだ。

 終戦後、同商店街内で洋品店を営んできた。失った家族のことを片時も忘れることができないでいる。

 毎年、慰霊祭で折り鶴を捧げる子どもたちの姿を、弟たちと重ねて見ていた。「生きておったらみんな年寄り。楽しかったじゃろうと思うんよ」。しかし、今年は新型コロナへの感染防止対策のため、参列したのは運営事務局の5人と遺族6人の計11人だけだった。

 「弟らと同じような目に遭った子たちがたくさんおる。そのことを知っておいてほしいんよ」

■県内各地で中止「やむを得…

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