拡大する写真・図版佐藤仙務さんは外出するときもストレッチャー式の車椅子を使っている(本人提供)

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 「車椅子ではなく、ストレッチャーで寝たままの状態の人が入居されると、大家さんはそれ自体が嫌なんですよ」

 新しいオフィスを探しているとき、不動産会社の担当者に思いがけないことを言われてしまった。厳密には大家からの伝言なので担当者は悪くないのだが…。

 正直、気持ちは沈んだ。

 ただそれ以上に、スタッフたちにどう説明しようかと悩んだ。しかし私は翌日、みんなに報告しなければならないと思い、連絡を入れた。一緒に内見に行ったスタッフや、新しいオフィスを楽しみにしていた他のスタッフにもいきさつを説明した。

前編からの続き
ストレッチャー式の車椅子だからという理由で入居を断られた佐藤仙務さんのコラムの後編です。この件で、周りには怒る人もいましたが、佐藤さんはそうではありませんでした。差別や理不尽には真正面から戦わず、感謝を。こんなスタンスになった背景には、二十歳のときのある出来事が関係していました。

怒る気にならなかったわけは

 彼らの反応はそれぞれ違ったが、一番多かった意見は大家に対する不平不満だった。なかには、「そんな理由で断るなんておかしいじゃないですか」と私以上に怒った人もいた。また、知り合いの障害者の親御さんからは、障害者差別解消法で訴えるべきだという意見もでた。ただ、私はそんな気にはなれなかった。

拡大する写真・図版佐藤仙務さんが使っているストレッチャー式の車椅子(本人提供)

 子供のころから、こんなことはたびたびあった。

 繰り返しになるが、私は寝たきりの生活を送っている。初対面の人の多くは、私のことを意思疎通が取れない人間だと思っていたし、話しかけても意味がないと思っていたに違いない。仮に話しかけられても、幼児扱いした口調で話し方をされるのは常だった。

 もちろん今では「寝たきり社長」と称し、積極的に活動させてもらっているので、社会で対等に扱ってもらえることは増えてきている。だが、それでもいまだに年配の経営者や政治家の方と接する際には、かつてと変わらない対応をされることがある。人によっては、会社経営も私ではなく、私の親がしていると思っているほどだ。

なんとなく書いていたSNSで…

 ただ私は、差別や世の中の理不尽とは決して真正面から戦わないスタンスでいる。そうなったのには、ある出来事がある。

 会社を立ち上げて間もなく、二十歳を過ぎたころ。私はSNSを始め、そこには日々の活動はもちろん、ポジティブな感情やネガティブな感情もすべてさらけ出していた。SNSの投稿は特に深く考えず、なんとなく心に湧いた思いを書いていた。

 そんなある日の休日。ヘルパーと映画に出かけた。すると、オフィス探しのときと同じように、窓口で観賞を拒否された。私はSNSでその窓口の対応に苦言を呈した。すると、同じような障害がある人は私の投稿に賛同してくれ、共感してくれる人がいることに安堵(あんど)感を得た。

 しかし、その投稿を見た、うちで名刺を作ってくれているあるお客さんは私にこう言った。

 「もし、その窓口の人がなにか対応できなかった事情があったとしたら、君はどうする?」

 「もし、障害者を応援しようと思っていた人が、君の投稿を見て、批判されるのが怖くなり、障害者と関わるのをやめようと思ったら、君はどうする?」

 この言葉にハッとした。私は正直、この言葉を聞くまでは自分のことしか考えていなかった。彼の言う通り、人を批判すれば相手だって決して気分はよくないだろうし、もし相手にも何か事情があったとしたら、それは権利を盾に相手を傷つける行為となる。何より私は、私のせいで他の障害者が社会から変な目で見られることや、障害者に親切にしようと思っている人に対する善意を踏みにじりたくなかった。

批判よりも大切なこと

 その日から、自分自身のルールを変えた。

 どんなに理不尽なことや差別をされても、私はお陰様と感謝の気持ちを持つことにした。すると、私の周りにたくさんの仲間ができるようになったし、そうなると今度は、普段親切にしてくれる周りの人間をより大切にしたいと思うようになった。人は、人を批判することで一時的にすっきりするかもしれないが、本当の心の豊かさは得られないと知った。

 その後、新しいオフィス探しも出直した。私の入居を断った大家にも、何か事情があったに違いない。そう前向きに考えたら、不思議とすぐに新しいオフィスは見つかった。しかも、寝たきりの私にも理解があって、親切にしてくれる大家だ。まさに捨てる神あれば拾う神あり。

 だからこそ私は、彼に感謝の気持ちを忘れてはならないし、それ以上に、「また次、障害者から入居希望があっても、入ってもらおう」と思ってもらえる行動をしなければならない。世の中から差別がなくなることはないだろうが、そうした行動をすることで、きっと少しずつ差別が減っていく気がする。

 もちろん、時として差別と戦うことも必要かもしれない。ただ、そうしたことにエネルギーを使うことよりも、私に対していつも親切にしてくれる周りの人たちを大切にすることに心をくだきたい。

拡大する写真・図版ストレッチャー式の車椅子を使う佐藤仙務さん(本人提供)

佐藤仙務

佐藤仙務(さとう・ひさむ)

1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。講演や執筆などにも注力。著書に「寝たきりだけど社長やってます ―十九歳で社長になった重度障がい者の物語―」(彩図社)など。ユーチューブチャンネル「ひさむちゃん寝る」では動画配信も手がける。