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(5日、大阪独自大会 天王寺4-3渋谷)

 渋谷の大屋温志(あつし)君(3年)は最後まであきらめなかった。延長十回タイブレーク。スクイズで同点に追いつかれ、なお1死二、三塁。エース本多慶太君(3年)に「最後は気持ちやぞ」と声をかけ続けた。

 だが、遊ゴロで三塁走者が生還し、サヨナラ負け。喜び合う相手の選手らを見つめた後、本多君の肩を抱きながら思った。「野球ができて幸せやったな」

 「チャンスで1本打てる」(上嶌伸次監督)と、新チームから4番に指名された。2年前に兄の友勅(とものり)さん(20)が座った、大屋君にとって特別な打順だ。

 父の浩二さん(48)がコーチを務める少年野球チームに小学4年から入った。厳しい指導を受ける兄の姿を見てきたので最初は嫌々だったが、次第に打つ楽しさを覚えてのめり込んだ。

 父も元4番打者だ。親子で毎晩のように近所で練習した。大屋君も小、中学校とも4番に座った。

 高校に入り、「自分で考えてやりたい」と父の指導に反発することが増えてきた。だが、「ホームラン打つならそのスイングじゃあかん」。この春、ふと父の言葉通りにスイングを変えると長打が増えた。

 独自大会が決まった後、チームみんなで書いている野球ノートに「お父さんにホームランを見せてあげたい」とつづった。2回戦では初めて父の前で2点本塁打を放った。ホームランボールを照れくさそうに受け取った父は玄関に飾った。

 だがこの日、大屋君のバットは不発だった。「チャンスで絶対打とうと力んでしまった」と悔やんだ。

 試合後、父に声をかけられた。「野球、やりたくないのにやらせてごめんな。最後までよう頑張った」。大屋君の目から大粒の涙がこぼれた。「今まで野球やらせてくれてありがとう」。父の目も涙で光った。(坂東慎一郎)