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 広島に原爆が投下されてから75年。被爆者の平均年齢は83歳を超えるなど、戦争体験を身をもって語れる人たちがいなくなる時代も現実味を帯びてきた。「もの言わぬ証言者」として、戦禍を次世代へと伝える遺構や戦争遺跡の存在意義は高まる一方、保存のあり方が課題になっている。

解体の議論が浮上した被服支廠

 広島の爆心地から南東へ約2・7キロ。ひときわ大きなれんがの建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」がある。爆心地に面した西側の鉄扉は爆風でゆがんだままで、原爆の威力を物語る。被爆75年に合わせ、与党関係者が相次いで訪れた。

拡大する写真・図版1913年に完成した「旧陸軍被服支廠」。この建物は長さ94メートル。L字形に4棟が並んでいる。被爆直後は臨時救護所になり、大勢の人が亡くなった(4枚の写真を1枚に合成しています)=2020年7月19日、広島市南区、上田幸一撮影

 「核兵器のない世界をつくっていくための推進力として大変重要な意義を持つ」。5日に視察した公明党の山口那津男代表はそう語った。6日には、加藤勝信厚労相が平和記念式典の後に現地に赴き、「歴史のある、価値のある建物ということを改めて認識した」と述べた。

 安倍晋三首相は視察は見送ったものの、6日の広島市での会見で「広島県における議論を踏まえて、国としてしっかり対応する」と約束した。

改修・維持費用がネックに

 被服支廠は軍服や軍靴の生産拠点で、今も残る倉庫4棟は1913年に建てられた。原爆投下直後は臨時救護所になった。戦後は大学寮や物流倉庫などに使われたが、95年以降は活用されていない。ロシアの美術館の分館誘致構想なども浮上したが、1棟あたり約20億円と試算された耐震改修費用などがネックになり、立ち消えに。現在でも、応急修理や草刈りなどの維持管理のため、多い年で数百万円が必要という。

【動画】戦後75年の特集動画。被服支廠、そしてそこで生き残った女性が登場します

 広島県は昨年12月、一部解体案を打ち出した。県の2017年の調査によると、震度6程度の地震で崩壊する危険があり、全3棟の耐震改修には18年の試算で約84億円かかる。そこで、県は爆心地に最も近い1棟を2021年度までに補修して外観を保存し、隣接する2棟は22年度までに解体するという。費用は約8億円の見込みだ。

 この県の方針に、全棟保存を求める声が次々に上がった。被爆者団体は県に要望書を出し、市民団体「旧被服支廠の保全を願う懇談会」は3月までに計9130筆の署名を集めた。

 75年前、学徒動員先の被服支廠で被爆した中西巌代表は6日、「ここに立つと当時のことが目に浮かぶ。二度とあってはならない」と話した。また、保存していくまで「私は生き抜いて行くつもり」と決意を新たにした。(東谷晃平)

拡大する写真・図版日本各地にある戦跡の一例

【動画】空から見た戦跡シリーズ
各地に残る戦跡に、ドローンで迫りました。

原爆ドームは永久保存に

 保存か解体か――。多くの遺構がそのはざまで揺れてきた。

記事の後半では、広島の原爆ドームや長崎の浦上天主堂、ポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所跡などの事例を取り上げ、「負の歴史」をどう共有・保存していくべきか考えます。

 世界遺産でもある広島の象徴・…

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