拡大する写真・図版企画展会場で第2次大戦中の史料に見入る人たち=2020年7月28日午後、名古屋市中区の松坂屋名古屋店、高原敦撮影

[PR]

 終戦から75年。約400年の歴史の中で戦争とも向かい合ってきた老舗百貨店の記憶を史料で紹介する企画展が、松坂屋名古屋店(名古屋市中区)で開かれている。戦時下の統制で自由な販売ができなくなるなかで兵士向けの慰問品売り場を開く様子など、当時の社会を反映した展示物が並んでいる。

 「大戦下の松坂屋」展。収蔵資料数千点のうち日中戦争が始まった1937(昭和12)年から敗戦直後までの約50点を選んだ。

拡大する写真・図版「支那事変展」を訪れた観覧客たち(J・フロントリテイリング史料館提供)

 戦利品などの展覧会「支那事変展」に観客が詰めかける写真や、軍に献納した戦闘機「松坂屋号」の写真、「陸軍軍刀展覧会」の広告からは、戦線拡大で沸く世相がうかがえる。

拡大する写真・図版日本軍に献納された戦闘機「松坂屋号」(J・フロントリテイリング史料館提供)

 一方、軍部が台頭して統制が厳しくなり、1940年には「奢侈(しゃし)品等製造販売制限規則」が出される。「ぜいたくは敵だ」が流行語になり、百貨店は貴金属や高級呉服の販売ができなくなる。致命的な打撃となり、その旨を伝える新聞広告や社員向け規則本が事態の深刻さを伝える。

拡大する写真・図版防毒マスクの写真が生々しい「国民防空展」の広告(J・フロントリテイリング史料館提供)

 戦争の激化は、展覧会や販売物にも影響する。防毒マスクなどを扱った「国民防空展」の案内文には「若(も)し名古屋市が空襲されたら」との文言が踊る。慰問品売り場の広告は、缶詰や日用品の写真と共に「将兵へ心から感謝の慰問を一つでも多く送りませう」と呼びかけている。

戦況の変化は、百貨店にも大きく影響していきます。後半では貴重な写真も多数紹介します。

 戦局悪化で従業員も動員され、…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら