拡大する写真・図版父法雄さんの写真を見ながら話す精舎智明さん(左)と母悦子さん。法雄さんは生前、約400年続く寺の住職で、精舎さんも定年後に跡を継いだ=2020年7月10日、広島県北広島町、新垣卓也撮影

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 広島の原爆にまつわる話を日々ブログにつづり、発信し続ける被爆2世の男性がいる。これまで1千本以上を執筆した。背中を押し続けるのは、惨状を目の当たりにした両親の思いだ。

 「爆心地からわずか800mしか離れていない八丁堀一帯で作業にあたった1、2年生(中略)はほぼ全滅である」(2020年7月21日)

 「どうしてそんなことになってしまったのか、一人一人が省みる必要があるのではなかろうか」(同)

 広島県北広島町の元高校教諭で住職の精舎(しょうじゃ)智明さん(64)のブログには、両親らが見た原爆投下後の広島の惨状を伝える記述が多く並ぶ。

拡大する写真・図版精舎智明さんのブログ「ヒロシマときどき放送部」のページ。ほぼ毎日更新している

 先代の住職でもある父の法雄(のりお)さん(06年に77歳で死去)は、原爆投下時、崇徳中学校(現・崇徳高校、広島市西区)の4年生だった。爆心地から4キロ離れた動員先の工場で被爆。頭や足に傷を負ったが、同級生らの救護にもあたった。「父は半年間、放射線による障害が出たのか、寝たり起きたりの生活で一日も学校に出られないまま卒業したそうです」

 同校では、市内の別の場所へ建…

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