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【朝日新聞ポッドキャスト】被爆75年 託すメッセージ 山口美代子さん②

 広島と長崎に原爆が投下されてから75年。朝日新聞ポッドキャストは、被爆者の証言を音声の形で後世に残す取り組みを進めます。記者とのやりとりも含めて、そのままお聞きください。

 今回は山口美代子(やまぐち・みよこ)さんのお話。2回に分けてお送りする後編です。取材をした朝日新聞西部報道センターの伊藤繭莉(いとう・まゆり)記者に聞きました。

Q:山口さんは現在89歳で、女学校3年だった14歳の時、動員先の三菱兵器、大橋工場で被爆したということでしたね。

A:はい。当時、同級生たちと、魚雷の部品の図面をトレースをしていました。同じ課には、現在の鹿児島大学の前身である、旧制第七高(しちこう)の男子学生もいました。その思い出を、福岡の合唱グループ「ココペリーナ」の美しい歌声とともに、お聞きください。

Q:このグループと山口さんは、どういうご関係なんですか?

A:山口さんの証言をもとにした朗読劇と、山口さんが戦時中に歌った楽曲を合わせたコンサートを開いています。今回はこの番組のために、メンバーがリモートで収録してくださいました。

Q:山口さんのお話は、いつ、どこで録音したものですか?

A:8月2日に山口さんがオンライン講演会を開いた後に、取材をさせていただいたときの音声です。

 途中、三つの楽曲が流れます。1曲目は七高生に教えてもらった寮歌、2曲目はシューベルトの「菩提樹(ぼだいじゅ)」、3曲目は賛美歌「神ともにいまして」です。

Q:寮歌というのは、七高の寮歌ということですね。

A:はい。山口さんが一緒に働いた七高生は、空襲警報が鳴り、近くの山に避難した時や昼休みに、女学生たちに寮歌を教えてくれたそうです。山口さんにとって、この寮歌は青春そのものでした。

Q:シューベルトの「菩提樹」というのは。

A:工場に音楽好きの男性技師がいて、ドイツ語でシューベルトの「菩提樹」を歌っていたそうです。学生たちもコーラスに参加し、この男性技師が万年筆をタクト代わりに。学生たちは日本語で歌ったそうです。

輝いていた年上の学生 失った青春「思い出す、せめて」
「自分に責任はないけど、申し訳ない」。そう話す山口美代子さんの記事です。

Q:最後に賛美歌「神ともにいまして」ですが、これにはどんなエピソードがあるんでしょうか。

A:ある夜、七高OBの男子学生が出征するということで、山口さんたちが長崎駅に見送りに行きました。男子学生たちは、円陣を組んで、ストームをしていたそうです。このときに、寮歌や賛美歌「神ともにいまして」を歌ったそうです。

Q:どんな歌なんですか。

A:歌の中では「また会う日まで」という歌詞を繰り返します。戦地で死ぬことがよいとされていた時代に、「また会う日まで」という歌詞を歌いました。山口さんがこれらの3曲をどんな思いで歌ったのか、聴いていただければと思います。

【朝日新聞ポッドキャスト】被爆75年 託すメッセージ 山口美代子さん