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【朝日新聞ポッドキャスト】被爆75年 託すメッセージ 神戸美和子さん

 広島と長崎に原爆が投下されてから75年。朝日新聞ポッドキャストは、被爆者の証言を音声の形で後世に残す取り組みを進めます。記者とのやりとりも含めて、そのままお聞きください。

 今回は、神戸美和子(かんべ・みわこ)さんのお話です。取材をした朝日新聞大阪社会部の武田肇(たけだ・はじむ)記者に聞きました。

Q:この方はどういう方ですか。

A:神戸さんは現在82歳、最近まで現役の助産師さんでした。7歳のときに爆心地から約4キロの広島市東雲(しののめ)町で被爆。その後、爆心地に近づき、残留放射線を浴びました。やけどはしなかったものの、倦怠(けんたい)感におそわれ、髪の毛が全部抜け、顔に湿疹ができたと言います。被爆時7歳というのは、体験を覚えているぎりぎりの年齢だと言えます。

 その後、神戸さんは岡山県に引っ越します。そのとき中学校で、「ぴかちゃん」「原爆さん」と呼ばれて仲間外れにされ、母親に「ピカのことはもう誰にも言っちゃあいけん」と忠告されたのをきっかけに、被爆体験を30年以上封印します。

悩んだ末、被爆の沈黙破った人 中には語れない悲しみも
朝日新聞は被爆者の方々にアンケートを依頼し、体験や思いを記事にしてきました。その中には、神戸美和子さんもいます。

Q:今回の音源は、どこで収録したんですか?

A:この音源は、7月中旬、神戸さんがお住まいの東京都町田市でインタビューした際に録音したものです。神戸さんは被爆60年の2005年にもインタビューをさせていただいたことがあり、十数年ぶりの取材でした。

途中、神戸さんが、なぜ30年以上にわたる封印を解いて被爆証言を始めたのか、助産師となった原点となる、被爆直後の出来事のお話に注目していただければと思います。