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 コロナ禍の中で迎えた戦後75年の夏。広島と長崎の二つの被爆地を結び、あの日から今日、そして未来へとつなぐ思いを込めて、「二重被爆者」の山口彊(つとむ)さんの孫、原田小鈴さんと広島の被爆2世、甲斐晶子さんに手紙を交わしてもらいます。今回は第2回。

甲斐晶子様(ナガサキ→ヒロシマ、2通目)

 先日、私の継承活動が始まった長崎大学の平和講座で、10年目の講話がありました。

 被爆2世である母の山崎年子と一緒の講話でした。

 節目でもあり、新しい始まりの日です。

 今回は学生の前での被爆2世(母)と3世(私)の対話の形式で、普段は直接聞けないことを質問してみました。

拡大する写真・図版原田小鈴さん(左)と母の山崎年子さん=2019年6月24日、長崎市桜町、榎本瑞希撮影

 「お母さん、おじいちゃん(二重被爆者の山口彊)が旅立った次の日に、本人が書いたメモ、短歌、二重被爆者として取材を受けた記事、手紙を玄関に出して、『燃やしてほしい。全てを終わりにしたい』と、なぜ言ったの?」

 学生の力を借りて、母に踏み込んで質問をしました。

 母と被爆者の両親(私の祖父母)が共に生きた中での葛藤や被爆の後遺症を私は知りません。

 被爆2世の母は、小さいころに鼻血が頻繁に出て白血球の数値が安定せず、入院と退院を繰り返していました。

 「第二の年子、第三の年子がこの世に生まれませんように……」。母の願いです。

 母から「私の両親との関係性、…

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