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 《壁に残った らくがきの

 おさない文字の あの子の名

 呼んでひそかに 耳すます

 ああ あの子が生きていたならば》

 長崎市の平和祈念式典で市立山里小の児童が歌った「あの子」。作詞は被爆医師の永井隆博士(1908~51)、作曲は木野普見雄さん(1907―70)だ。

拡大する写真・図版作曲家の木野普見雄さん(長崎市提供)

 木野さんは戦後、原爆に関する楽曲を20曲以上作った。犠牲者の慰霊と平和への信念を誓った「平和は長崎から」は、49~95年の平和祈念式典で歌われた。年ごとに「あの子」と交互で歌われる城山小の「子らのみ魂(たま)よ」も木野さんの作曲だ。

拡大する写真・図版作曲家の木野普見雄さん(左)と、原爆で犠牲になった妻(右)と子どもたち(長崎市提供)

 作曲の原点は原爆への怒りや被爆の悲しみだった。

 木野さんの手記によると、勤め…

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