[PR]

 大好きな「お兄ちゃん」に、「お帰りなさい」と言えなかった。女性は遺志を継ぎ、命を守る仕事に就いた。新型コロナウイルスのせいでできなかった学校での講話を9日に再開。講話を終え、「命について考えることが増えている今だからこそ、核兵器の怖さを伝えないとね」と話した。

 長崎市の羽田(はだ)麗子さん(84)は9日、市内の江平中学校で生徒13人を前に講話をした。「無傷だった私がなぜ語り部になったか。9歳であっても、山を越えてまで助けを求めた人たちの姿を見たからです」

 75年前。2軒隣に「お兄ちゃん」と呼んで慕う、学生が下宿していた。戦況が悪化し、周りの大人がピリピリする中、優しい表情や声に心が温かくなった。山の向こうの長崎医科大(現長崎大医学部)に通い、「麗子ちゃんが病気になったら僕が診てあげるよ」と言われた。大きくなったらお手伝いしたいと思った。

 8月9日の朝も、「行ってくるよ」と石段を下りていくお兄ちゃんを、窓から手を振り「行ってらっしゃい」と見送った。数時間後、だいだい色や黄色の光が目の前ではじけた。大きなけがはなく、防空壕(ごう)に避難した。

 次の日、お兄ちゃんが帰ってきた。顔面蒼白(そうはく)で、うつろな表情。「お帰りなさい」と言えなかった。背中一面にガラス片。羽田さんの母たちが箸で抜くと、真っ赤な血が噴き出た。お兄ちゃんは亡くなったと聞いた。

 同じ日、母に連れられて救護所…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら