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(10日、大阪独自大会 履正社9-3大阪桐蔭)

 6点差。もちろん、大阪桐蔭が弱いわけではない。試合前、あるプロ球団のスカウトは言っていた。「今年、全国大会があればどっちも優勝できるくらいの力があるよ」。それでも、点差はついた。つまりは、履正社が強かったのだ。

 夏の大会で履正社が最後に大阪桐蔭に勝ったのは、1999年。そこから2018年まで、11度の対戦はすべて負けた。重い扉を切り開いたのは打線の力だ。

 1点を先制された直後の二回裏。無死満塁で8番中原雄也(3年)は「常に逆方向を狙っている」と、カウント2ボールからでも強引にならない。逆方向へのファウルを重ねる。2―2となったが、「低めを見極める」という意識が徹底しているから、ひざ元のスライダーにもついていける。三塁線を破る走者一掃の逆転二塁打となった。

 大阪桐蔭打線が凡飛や引っかけたゴロが目立つのに対し、履正社打線は冷静に低めを見極める。簡単にフライを上げない。大阪桐蔭の捕手、吉安遼哉(3年)は「なかなかボール球を振ってもらえないし、慎重になりすぎてさらにボールが増えてしまった」。

 この言葉こそ、18年に春夏連覇をした大阪桐蔭打線が、常に相手のバッテリーに感じさせていたすごみである。履正社は2年前の夏、大阪大会準決勝で勝利まであと1死から大阪桐蔭打線にボール球を徹底して見極められ、逆転されている。

 その悔しさから、そして昨年は星稜(石川)の奥川恭伸(現ヤクルト)を攻略するために、「低めのボール球の見極め」を徹底してきた。

 結果として、打ち勝ってつかみ取った昨夏の全国頂点だ。成功体験は選手たちを成長させる。「今はバッティング練習の前にも必ず、『絶対に低めは振らんぞ』とみんなで確認しています」とは中原。脳と体に染みつかせた打撃の意識が、悲願の「桐蔭撃破」を成就させた。

 2010年代から、大阪は大阪桐蔭と履正社の「2強時代」と呼ばれるようになった。が、08年から春夏合わせて7度甲子園を制覇した大阪桐蔭に対し、履正社は18年まで優勝なし。夏の直接対決でも敗れ続けた。

 しかし、昨夏の履正社の全国制覇、そしてこの日の勝利で、「2強」時代は新たな局面を迎えたと言っていいだろう。

 今年の年明け、大阪桐蔭の西谷監督は選手たちに語りかけている。

 「2010年代には、6回甲子園で優勝できた。そういう意味で、20年代は、桐蔭にとって大事な10年になる。10年代以上の結果を出して、高校野球の中で大きな名前を残す学校になる。10年代の先輩たちより頑張ろう」と。

 この日、3番手で投げて3回無失点の左腕松浦慶斗はまだ2年生。「絶対に流れを持ってこよう」と、履正社の主砲小深田大地(3年)を真っ向勝負で2打席凡退に打ち取り、「自信になりました」。ベンチには最速154キロを誇る関戸康介(2年)もまだ残っていた。

 大阪桐蔭と履正社。高校野球の最激戦区である大阪の覇権を巡る戦いは、激しさを増していきそうだ。(山口史朗