[PR]

 ユニホーム、それはスポーツ選手にとっての正装であり、“戦闘服”。多くのデザインが生まれては消え、やがて伝説となる。コラムニストで、プロ野球のユニホーム研究家でもある綱島理友さんとともに、中日ドラゴンズのユニホーム史をたどると、球団の個性が浮かび上がってきた。

 「コロコロ変わって、突然斬新」。それが綱島さんが持つ中日ユニホーム史の印象だ。

 何より、草創期から斬新だった。「この時代に、このデザインはすごい」。長くユニホームを研究してきた綱島さんが感嘆するのは、戦前の1937~38年、まだ「名古屋軍」だったときのユニホームだ。金のしゃちほこをかたどったマークは公募。その下地の赤が鮮やかだ。

毎週火曜日に、中日ドラゴンズにまつわる話題をお届けします。

 「だいたいどのチームもモノトーンの時代。名古屋金鯱に勝つという強い意思を感じる」と綱島さん。名古屋軍の親会社は「新愛知」という新聞社。当時愛知には名古屋新聞が持つ「名古屋金鯱」という球団もあった。名古屋新聞はのちに球団経営から手を引き、戦時中に新愛知と合併。「中部日本新聞社(現・中日新聞社)」となる。

 この親会社の歴史が球団のユニホームにも影響する。「戦後は取り決めがあって、毎年のように新愛知系、名古屋新聞系とオーナーが代わったらしい。オーナーが代わると、ユニホームも変わる」。巨人、阪神が球団草創期からほぼ一貫したデザインを継続しているのとは対照的だ。

 48年のユニホームの胸文字を見て、違和感はないだろうか。ドラゴンズのスペルが、「Doragons」。英語表記ではなく、ローマ字表記になっているのだ。痛恨のミスか?

 綱島さんの調査では、実は違う…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら