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 (10日、千葉独自大会 市船橋12-2習志野)

 習志野の夏は、思わぬ形で幕を閉じた。

 昨春の選抜甲子園では、県勢24年ぶりの準優勝。その中心だった遊撃手の角田勇斗主将(3年)ら6人が残る今夏、多くのチームが「打倒習志野」を掲げる存在だった。

 だが、この日、投手陣が市船橋打線につかまる。二回に打者11人で6失点。三回以降も連打を浴びた。

 角田君は何度もマウンドに駆け寄り励ました。「やってきたことを信じよう」

 チームは夏の甲子園優勝を目指していた。昨秋の関東大会で準々決勝で敗れ、小林徹監督に「甲子園に行く力はない」と言われると、選手たちは「絶対に見返す」と誓い合った。

 冬には打撃を強化しようと、打撃フォームをお互いに指摘し合った。角田君は筋トレなどで体重を68キロから73キロに増やし、スイングの速度も大幅に上がった。

 5月20日。「心の支え」の甲子園がなくなった。落ち込む部員に角田君はこう言った。「小技でつなぐ。一塁まで全力で走る。1点をもぎとる習志野の野球を後輩たちに伝えたい」

 2―12の大差で迎えた五回裏。「こんな場面、今まで何度も乗り越えてきたじゃん!」。ベンチの声は途切れなかった。

 何度も見せてきた「逆転の習志野」を再び――。しかし、最後の飛球が右翼手のグラブに収まった。3年生はベンチでしゃがみこみ、うなだれた。

 「習志野は負けちゃいけない。そんな重圧が自分たちを育ててくれた。自分たちの背中を見て、何かをつかんで欲しかった」。思いは後輩たちに託された。(福冨旅史)