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 日本航空のジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落した事故から12日で35年。変化する尾根の様子を自ら撮影し、インターネットで公開している遺族の男性がいる。今年は新型コロナウイルスの影響で慰霊登山を見送る遺族も多い。男性は「離れている人も、この記録を見て悲しい事故の記憶に思いをはせてほしい」と話す。

 撮影したのは東京都中央区の会社員山本昌由(まさよし)さん(40)。事故で父謙二さん(当時49)を亡くした。2013年に初めて撮影し、360度の風景を見ることができるグーグルのサービス「ストリートビュー」で、約100地点の画像を公開している。

 撮影のきっかけは、当時グーグル日本法人に勤めていた弟康正さん(39)の提案だった。

 尾根は、標高1500メートルを超える急斜面にある。登山道の整備が進んだとはいえ、急な階段がいくつもあり、入り口から大人の足で40分ほどかかる険しい道だ。遺族の高齢化も進み、登れなくなる人も増えていた。「もっと多くの人に、安全に尾根の今の姿を見てほしい」との2人の思いが重なった。

 謙二さんは大阪の化学会社の役員だった。当時5歳だった昌由さんに記憶はほとんどない。事故の翌年から、母啓子さん(75)と毎年のように慰霊登山に赴くうちに父のことを聞かされた。出張のたびにお土産を買ってきてくれたこと、雨の日は幼稚園に送り迎えしてくれたこと――。家族思いの姿を知った。遺品のかばんにも、出張土産の餅菓子が焦げた跡が残っていたという。

 単独機の事故としては世界最悪の520人が犠牲になった事故だが、その記憶は風化が進んでいる。

 10年ほど前、会社の後輩に墜落事故をほとんど知らないと言われた。事故を知らない世代が増えていることを実感し、ショックだった。「事故があった尾根は父が眠っている場所でもあり、後世に教訓を伝えていく場所だと感じた」

 13年秋と昨年夏の2度、尾根を撮影した。最初は康正さんと2人で協力して撮ったが、康正さんが仕事で海外にいることが多かった2度目は、昌由さんが1人で現地へ行った。

 「時間の経過による変化を伝えたい」と考え、前回と同じように尾根全体を撮影。新たな登山道や橋の様子に加え、草木の成長なども感じられるようになっている。海外からのアクセスも含め、30万回以上閲覧されたという。

 啓子さんは登山道で滑ったことがあり、足の具合は思わしくない状態だという。5年ほど前からは登ることもできていない。昌由さんも、コロナの感染が拡大する東京から訪れることで地元に迷惑がかかると考え、今年は慰霊登山を見送る。尾根は昨年10月の台風19号で大きく被災した。その様子も撮りたかったが、来年以降に持ち越す。

 長女は、事故当時の昌由さんと同じ5歳になった。尾根に連れて行ったこともなく、まだ事故の詳しいことは伝えていない。昨年12月には長男も生まれた。

 「事故を悲しむだけでなく、教訓として伝えていくことも遺族の役目だと思う」。長男が歩けるようになる数年後には、一緒に登りながら画像を残す――。そんなことを考えている。

 昌由さんが撮った尾根の画像は、遺族らでつくる「8・12連絡会」のホームページ(https://1985osutaka.jimdofree.com/%E8%B3%87%E6%96%99/別ウインドウで開きます)から見ることができる。(森岡航平)