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(11日、甲子園交流試合 広島新庄4-2天理)

 広島新庄は天理(奈良)に逆転勝ちし、4年ぶりに勝利の校歌が甲子園に流れた。選抜大会の中止、チームを強豪へ育てた名将の退任など、春から激動の日々が続いた野球部を2人目のリーダーとして引っ張ったのが、学生コーチの飛谷(ひや)陸広(たかひろ)君(3年)だ。

 甲子園の三塁側ベンチ。飛谷君は縦じまのユニホーム姿でスコアをつけた。「制服では孤立するというか、同じユニホームを着ることで一つのチームになっていると感じる」と話す。

 広島新庄が夏の甲子園に初出場した2015年、兄の暁儀(あきのり)さんが記録員でベンチ入り。家族で客席から見守った。兄は学生コーチも務めていた。飛谷君は「自分は選手で甲子園へ」と思い、広島新庄に進んだ。

 1年の冬に右足を負傷した。それを機に、迫田守昭監督(74)からコーチへの転身を打診された。物おじせず意見する点を評価された。この時は断った。

 昨夏、宇多村聡コーチ(現監督)に再度誘われた。腹をくくった。「やります」。答えた途端、涙があふれた。両親の顔が思い浮かんだ。宇多村コーチは泣きやむまで待ってくれた。「お前がやってくれたら強いチームになる」

 ノックを打ったり、監督からの連絡を伝えたり。兄と同じ道を選んだものの、練習を見るのが嫌になることもあった。それでも、まとめ役に徹するうちに自覚が芽生えた。練習では選手一人ひとりに気を配り、たるんでいれば活を入れ、良いプレーは褒めちぎった。下(しも)志音(しおん)主将(3年)は「自分のことで精いっぱいの時、代わりにみんなに声をかけてくれる。自分だけではチームは崩れていた」と話す。

 選抜大会中止の決定直後、迫田監督が退任。名将を慕う選手たちは動揺した。飛谷君は下主将とともに、3年生のお互いの目標を確認する場を設け、意欲を保とうと努めた。

 待ち望んだ甲子園。高校野球を勝利で締めくくった。飛谷君は「仲間がよくやってくれた。コーチとしてこの舞台に来られたのがうれしい」と笑った。(西晃奈)