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【朝日新聞ポッドキャスト】被爆75年 託すメッセージ 富田芳子さん

 広島と長崎に原爆が投下されてから75年。朝日新聞ポッドキャストは、被爆者の証言を音声の形で後世に残す取り組みを進めます。記者とのやりとりも含めて、そのままお聞きください。

 今回は、富田芳子(とみた・よしこ)さんのお話です。取材をした朝日新聞東京社会部の黒田壮吉(くろだ・そうきち)記者に聞きました。

Q:この方はどういう方ですか。

A:81歳の女性で、日本統治下だった台湾に生まれました。空襲がひどくなったため、1945年2月に長崎に移住。6歳のときに爆心地から約1・8キロの長崎市住吉町、今でいう赤迫2丁目で被爆しました。

Q:まだ小さかったんですね。よく助かりました。

A:原爆が炸裂(さくれつ)したのは、家に入った直後だそうです。生死を分けたのはわずかな偶然でした。

コロナで差別、75年前と同じ 被爆者に焼き付いた記憶
75年前の戦争と、現代の新型コロナウイルス。全く異なる出来事ですが、富田さんは「まだ同じことが繰り返されている」と感じています。どういう意味なのでしょうか。幼いころに脳裏に焼き付いた「差別の記憶」をたどり、コロナ禍との共通点を考えます。

Q:今回の音源はどこで録音したものですか?

A:先月下旬、富田さんがお住まいの東京都葛飾区の自宅でインタビューした際に録音したものです。被爆時は6歳ですが、記憶は鮮明です。

Q:どんなところに注目して聞いたらいいですか?

A:被爆直後、ある民家で井戸の水をもらおうと近づくと、「どんなばい菌を持っているかわからない」と怒鳴られました。この差別の記憶、最近も思い出さずにはいられないといいます。

 当時の出来事から新型コロナウイルス、福島の第一原発事故に思いをはせる部分などにも注目していただければと思います。