拡大する写真・図版イラスト・中島美鈴

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 掃除や部屋の片付けなど、やらなきゃいけないとわかっているもののついつい後回しに…。そんなことはありませんか。今回からのテーマは「先延ばし」です。改善のコツを臨床心理士の中島美鈴さんが解説します。

自粛で増えたおうち時間

 コロナ自粛中に「部屋中の掃除をした」「断捨離をした」「ずっと手付かずだったパソコンのファイルの整理をした」という話をよく聞きました。みなさんはいかがお過ごしだったでしょうか。お盆真っただ中でも現在の感染状況を見て、おうち時間が増えていらっしゃるのではないでしょうか。

 私はそんな話を聞きながら、「みなさん、なんてテキパキした働き者なのだ!」とひそかに驚いていました。私ならいくら暇でも掃除や断捨離はしないなと思ったからです。できればそんなの避けるだけ避けて、ゴロゴロしていたいのです。

 こんなふうに、本来しなければならないことを、避けて手をつけないでいる状態を「先延ばし」といいます。先に延ばしてやればまだよいのですが(涙)、中には「許されるのならば一生しないかも」と思うほど、重い腰が上がらないことってありますよね。

 今回から数回にわたり、この「先延ばし」をテーマにしていきます。

 小学生の子どもを持つADHDの主婦リョウさんも、先延ばしの常習犯です。

先延ばしにしてきた片付け

 独身時代にもリョウさんは掃除をさぼりすぎて、家でくつろげない、友達を家に呼べない状態が続いていました。が、子どもが生まれてからは、部屋がさらにひどい状態になりました。子どものおもちゃ、洋服、幼稚園などで必要なもの、工作、祖父母からのプレゼントなどが無秩序に増えていき、「子ども部屋」用に確保していた部屋は、納戸のような状態で床が見えないほどです。本当は小学校入学までになんとかお部屋らしくしてあげたかったのに。自粛中にもリョウさんも夫もその部屋の片付けのことは話題にしませんでした。ひたすらお酒を飲みながらDVD観賞の日々でした。そうです。この夫婦は似た者同士なんです。

 そんなわけで、リョウさんのうちの「子ども部屋」は、開かずの間と化しています。子ども部屋が本来の働きをしないので、リョウさんの娘はリビングに学用品でもおもちゃでも散らかしたままです。開かずの間は、すでに物があふれていてドアが半分しか開かない状態ですし、足を踏み入れようものなら、積み上げられた段ボールの上の方から物が落ちてきかねません。そんな危険な状態なので、リョウさんは娘さんに「あの部屋は危ないからいっちゃだめだ」と言わざるを得なくなりました。

 ここまでお読みになると、「リョウさん、だんなさん、さっさと片付けなさいよ」と言いたくなりませんか? 「お掃除のプロの方に頼む必要があるんじゃないか?」という気もしてきます。

先延ばしするわけ

 今回はまず、「どうして人は先延ばししてしまうのか」について背景から探っていきたいと思います。

・エンジンをかける、活性化エネルギー

 みなさんには、こんな経験がありませんか? あれほど嫌だった大掃除も、いざ始めてしまえば、きれいに汚れが落ちていく様が面白くて、ノリノリで続けてしまう経験です。この時、始めるまでに要するエネルギーと、軌道に乗ってから掃除を続けるために要するエネルギーとでは、圧倒的に前者が多く必要だということがわかっています。

 エンジンをかける時に、一番エネルギーを使うというわけですね。

 この始めるためのエネルギーを「活性化エネルギー」といいます。

 いわゆるやる気スイッチを押すためのエネルギーですし、脳でいえば、報酬系とよばれる部分が活性化するということになります。

 エンジンをかける活性化エネルギーをいかに自分でうまく引っ張り出すかが、勝負を分けるわけです。

・ADHDは義務感では活性化エネルギーが出ない

 たいていの人は深く考えなくても、「朝起きて」「支度して」「仕事へ行く」といったことをなさっているのかもしれません。「なぜ働くの?」と聞かれても、「え、じゃないと、食べていけないでしょ」と即答されるぐらい、一連の流れに大きな理由はないのでしょう。つまり、仕事に出かけることに活性化エネルギーを出すのはたやすいことで、わざわざ理由などいらない、というかんじなのでしょう。もしくは「義務だしね」「出社しないと叱られるし、クビになるよ」などの社会的な義務感によって活性化エネルギーを出しているという方も多いでしょう。

 一方で、ADHDの方が活性化エネルギーを出そうとする時、「理由もなく」とか「義務だから」といった状況では、脳が反応してくれないことがわかっています。やる気をつかさどる報酬系という脳の部分が、「理由もなく」「義務だから」といういつもと代わり映えしない刺激では、活性化しないのです。反対に、非日常の「ギャンブル」「ゲーム」のようなスリルと興奮が味わえるものについては、活性化します。他にも「遊び」「趣味」「好きなこと」「目新しいこと」には報酬系が反応します。ADHDでなくとも、誰にとってもこれらは、好奇心を刺激されて、とびつきたくなるものでしょう。ですから、ADHDの方の脳がギャンブルなどの刺激に反応する点が特徴というよりは、毎日の繰り返しで今更理由などないようなことや義務感のような刺激に対して、極端に反応できない点が特徴です。

頭ではわかるものの

 リョウさんに対して、開かずの間を見た実母はこれまで何度も忠告してきました。「母親になったんだから、もう少し片付けるとか、自覚を持ちなさい」「危険よ、あの部屋」「開かずの間にも家賃は発生しているのにもったいない」これらのどの言葉も、リョウさんの理性には届き、リョウさん自身も「そうだよね、おっしゃるとおり…」と深く反省するのです。しかし、「ああ、私って情けない。部屋が丸々埋め尽くされているなんて」と自己嫌悪に陥ると、ますます開かずの間のこと考えたくなくなりました。

・とにかく小さな一歩目を

 それでは、リョウさんは、どのようにして活性化エネルギーを出したらよいのでしょう。まずはリョウさんが自分の脳の報酬系の特徴をよく理解することです。以前もこのコラムでご紹介しましたが、ADHDのやる気スイッチを押すコツは次のようにまとめられます。

三つのやる気スイッチ

①すぐに成果が出やすい課題に小分けにする

 とにかく結果がすぐに出そうな課題に魅力を感じるのがADHDの報酬系です。「すぐ終わる」「すぐに褒めてもらえる」「たった5分でできる」そんなかんじです。反対に、「じっくり検討する」「2年がかりでプロジェクトを進める」という長期的な計画には魅力を感じず飽きてしまいます。こうした長期的計画も、step1,step2…と小分けにすることで、小刻みに達成感という成果を味わえるように工夫すれば達成可能です。つまり、「飽きが来るまでに終わるような、小さな課題に分解」することが必勝法です。

②目新しい課題に作り替える

 前述したように、新奇性のあるものに引かれるADHDの脳。反対にルーチン、義務には反応できません。この特徴を踏まえると、いつもどおりの課題でも新しいやり方で取り組む、いつもと違う場所で取り組むなどの工夫ができそうです。

③自分を過信せず、すぐに課題に取り組む「必然性」を用意する

 最後に、ADHDの方でなくとも、自分のやりたくないことに重い腰をあげるのは至難の業。どうにしかして手を抜きたい、できれば逃げてしまいたいというのが本音でしょう。先延ばしていた課題に取りかからざるを得ない「必然性」を作ってしまいましょう。掃除の終わる時間に合わせて、友達を家に招待する約束をする。掃除しないと到底家に入りそうにない家電や家具を注文してしまう。パソコン仕事の方は、充電が50%しかないノートパソコンのみ(充電ケーブルなし)を持ち込んで、慌てて仕上げる。知恵を絞って、こんな環境を自分で設定します。

 いかがでしたか?

 次回からはこれらのコツについて詳しく紹介しながら、もっと具体例を挙げていきます。そして、リョウさんが開かずの間と向き合っていく様子をお伝えします。

中島美鈴

中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。