[PR]

 甲子園交流試合で初めて甲子園に立った加藤学園(静岡)は、鹿児島城西との接戦を制して初勝利を挙げた。平和を願い、野球部創部に力を注いだ校長は、教え子たちの活躍を喜んだ。

 3点リードの九回。加藤学園は1点返されたが、相手の反撃を断った。自宅で見届けた加藤瑠美子校長は「こんなに活躍してくれるなんて言葉が出てこない。校歌が流れた時は、涙しか出なかった」と話した。

 1月、創部25年目で選抜大会初出場が決まった日も涙を流した。野球には強い思い入れがある。

 父親の故高野百介(ももすけ)さんは、松本商(長野、現松商学園)で甲子園に出場。1928年夏の第14回全国中等学校優勝野球大会では5勝し、頂点に立った。プロ野球の南海で4番も務めた。だが、戦火が白球を奪った。太平洋戦争中、シンガポールから物資を運ぶ仕事中、乗っていた船が爆撃され亡くなった。

 大好きな野球を諦め、命を落とした父。加藤さんは平和の大切さを思った。「子どもたちが好きなことに取り組める環境をつくりたい」。創部に反対する声もあったが、野球部をつくった。選抜出場が決まった時には、父の位牌(いはい)に「やりましたよ」と報告した。

 コロナ禍に振り回された末にたどり着いた甲子園。戦後75年の夏に、父がかつて駆けた甲子園で、教え子が躍動した。勝又友則主将(3年)は「歴代の先輩方が築いてくださった野球をしてきただけ。先輩方のおかげだと思っている」。

 加藤さんは「交流試合というチャンスを頂けただけで、これ以上は望むことはなかったのに。まさか勝てるなんて」と話した。(和田翔太、広瀬萌恵)