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 夏季兵庫県高校野球大会(県高校野球連盟主催、朝日新聞社など後援)が7日閉幕した。今夏の第102回全国高校野球選手権大会と地方大会が新型コロナウイルスの影響で中止になったことを受け、催された県独自の大会。いつもと違う夏に、球児たちは何をつかみとったのか。ある2校の野球部を舞台に、12日間にわたった大会を振り返る。

 長田の大西響貴(ひびき)君(3年)は4回戦の伊川谷戦で、入学以来初めてとなる公式戦の打席に立った。「やっとこの時が来たか」

 5月下旬、記者は取材で長田を訪れた。新型コロナの流行で練習が長い間思うようにできず、独自大会が開けるかどうかも不透明な段階だった。

 多くの野球部員が不安を抱えるなか、永井伸哉監督は分散登校で学校に来た部員たちと話す場を設けた。監督は、独自大会があれば大西君にもチャンスを与えたいと考えていた。

 「大西、調子はどうや」「大丈夫です!」

 元気よく答える大西君の姿が印象に残った。

 だが7月上旬、再び取材で長田を訪れると、大西君は松葉杖をついていた。6月中旬、練習中にひざの靱帯(じんたい)を痛めたという。医師には練習を控えるように勧められたというが、大西君は「最後の大会なんです。どうしても打席に立ちたい」と唇をかみしめた。記者は「大会に間に合うといいね」と声をかけ、大西君が無事打席に立てるよう遠くから祈るしかなかった。

 試合当日、代打で出場する大西君の名前が球場にアナウンスされた。一般観客がいない広いスタンドに、その声はひときわ大きく響き渡ったように聞こえた。

 大西君がはじき返した打球は、2点適時二塁打となった。仲間に祝福されてうれしそうな大西君の表情がファインダー越しに見えた。長田は伊川谷を破り、16強まで勝ち進んだ。

 大西君は長い積み重ねと我慢の時間を経て、一人の高校球児としての「最後の夏」を飾った。その姿を父の武さん(56)がスタンドで見守っていた。武さんは「言葉にできません。忘れられない夏になりました」とつぶやいた。

 きっと大西君だけでなく、この夏、多くの3年生がそれぞれに「独自大会があってよかった」との思いを胸に抱いたことだろう。

     ◇

 報徳学園の選手たちの姿も印象に残っている。大会は8強を決める5回戦までで日程を終える。最終日の試合に勝利し、最後に残る8校の一つとなった瞬間、選手たちは喜びをこらえきれないように笑顔でグラウンドに駆け出した。

 休校期間中、エースの坂口翔颯(かすが)君(3年)は「日本一の精神力で辛抱して、日本一の意識で練習すれば、絶対に日本一になれる」と仲間たちを鼓舞した。甲子園という目標が消えたとしても、自分たちで「日本一」と誇れるチームになれたらいい。そんな思いの表れでもあったという。

 試合後に坂口君は「日本一のチームだったと誇れます」と胸を張った。その言葉の裏に積み重ねられていたであろう彼らの葛藤と努力を改めて思った。

 独自大会は、甲子園につながる大会でも、頂点を決める大会でもなかった。では、何のための大会だったのだろうか。

 「それは、自分と仲間の心に、決して色あせない何かを刻み込むための大会だった」。大会の取材を終えて、いまそう実感している。(森下友貴)