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 4月中旬、関東地方の小さな病院で新型コロナウイルスの院内感染が起きた。

 90代の女性患者の発熱をきっかけに、患者や看護師が次々と発症した。病床数が約50床の病院で、2週間あまりで30人を超えた。

 手探りの対応を迫られる中、人手は不足し、防護服の備蓄はない。高機能マスクも底をつきかけた。

 「野戦病院のようだった」と病院長は言った。

 感染が拡大する中で、医師や看護師を励まそうという動きが全国に広がった。一方で医療従事者に対して、感染を恐れる人々から心ない言葉が浴びせられるなどの問題も起きている。

 都内の感染症指定医療機関で働く看護師の女性は、感染を恐れながら日々働く。称賛と拒絶が入り交じる世間の空気には戸惑いを感じるという。

 「現場の人手不足や過酷な労働環境には目が向けられないまま。根性論を押しつけられている気がする」

 埼玉県鴻巣市の高齢者施設で暮らす堀田シヅエさん(100)は、コロナ禍の最前線にいる医療従事者の奮闘を伝える新聞記事に目がとまる。

 リスクと向き合いながら、未知の症状で苦しむ目の前の人のために、手探りで必死に従事する――。

 そんな姿に、75年前の自分を重ねる。

 「できるなら代わってあげたい」。タブレット端末を使ったオンライン面会で記者に話した。

 1945年8月6日。

 広島市から隣の古市町(現・広島市安佐南区)へ続く街道を、髪の毛や眉毛が白くなり、衣服もぼろぼろにすり切れた人々が一人またひとりと歩いてきた。

 古市町の役場の保健婦だった堀田さんは「何があったの」と声を掛けた。

 「熱い風が吹いて、火事になったから逃げてきた」

 町は、町長の指示で小学校の講堂を救護所にした。

爆心地からほど近い場所で、保健婦として懸命な救護に携わった堀田さん。原爆投下から17日後、自身の体に異変があらわれます。

 堀田さんは、看護婦として約7…

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