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 「ノストラダムスの大予言」で知られる作家の五島勉さんが6月に亡くなっていたことがわかった。16世紀のフランスの医師・占星術師、ノストラダムスの予言集を解釈し、「1999年7の月」に「人類滅亡の日」が訪れるとした同書は、1973年に刊行され、250万部超の大ベストセラーとなった。多くの人をひきつけた「大予言」は何を残したのか。『戦後サブカル年代記 日本人が愛した「終末」と「再生」』の著者で文芸・音楽評論家の円堂都司昭(えんどうとしあき)さんに日本の文化や社会に残した影響を聞いた。

拡大する写真・図版五島勉著「ノストラダムスの大予言―迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日」(祥伝社)

 ――「ノストラダムスの大予言」が刊行されたのは73年11月でした。なぜあれほど売れたのでしょうか。

 僕は63年生まれで、おそらく直撃された世代といっていいと思います。当時、小学校の中学年ぐらいで、夢中になって読みました。

 それまでの日本は高度経済成長のただ中にあって、70年には太陽の塔に象徴される大阪万博がありました。それが、73年秋に第4次中東戦争によるオイルショックが起きます。

拡大する写真・図版「ノストラダムスの大予言」著者の五島勉さん

 科学による明るい未来を打ち出した万博の後に、社会的な不安が濃くなった。当時の人々は、そのコントラストで受け取っていたと思うんですね。五島勉さん特有の、エンタメ的にあおるような書き方で読者は引き込まれ、社会の状況にうまくはまった面はあると思います。

 ――明るい未来を思い描いていたところに社会不安が来たということでしょうか。

 わかりやすく図式化してしまうとそうですね。ただし、不安材料は実はもともとあった。そもそも当時は、米ソの冷戦の時代で、核戦争の不安がありました。また、60年代から進行していた工場の排水・廃液、大気汚染といった公害の問題が深刻化して表面化していたのが、60年代末から70年代初頭でした。67年に4大公害病を受けて公害対策基本法が施行されるなど、国レベルでも、公害に対する対策が動き出した。

拡大する写真・図版ばい煙を吹き出す工場地帯=1968年、川崎市

 一番有名な予言詩は、「一九九九の年、七の月 空から恐怖の大王が降ってくる」というものですが、「空から恐怖の大王」と言ったときに、当時のイメージだと、第一に核戦争の核爆弾のイメージ、もう一つは公害の大気汚染があって、予言が当たるか当たらないかという以前に、現実にそういった脅威や不安があった。だからこそ、リアリティーを感じたのでしょう。

 1973年にベストセラーにな…

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