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 「“花吹雪”に偲(しの)ぶ勇士の心」

 1943年4月19日付の朝日新聞に、満開の桜の上野動物園を歩くゾウの記事が掲載された。物資不足のおりだが、大勢の家族連れが弁当持参で園を訪れていた。

 だが、「上野動物園百年史」(82年)によると、このわずか4カ月後の同年8月16日、園長代理の福田三郎らは、東京都長官から「猛獣類ヲ射殺セヨ」と命令を受けた。福田は自著「実録上野動物園」で、園に戻った後に「私の足音、顔を覚えていて、すり寄っているトラやゾウの目を正視することはとてもできなかった」と振り返った。

 なぜ処分命令が出されたのか。東京への本格的な空襲が始まる44年末までは、多くの庶民が自身に爆撃の被害が及ぶと想像していなかった。都の公式記録「都政十年史」(54年)には「空襲の際の危険ということのほかに、都民に一種のショックを与えて防空態勢に本腰を入れさせようという意図も相当大きく働いていたことを見逃すことができない」とある。

 それを裏付けるように、園百年史には、関係者がゾウやヒョウを名古屋などの園に疎開させようと奔走したが、都長官が許可しなかったという記録がある。多くの動物たちが殺され、園にいた3頭のゾウは、毒入りのえさを食べなかったため、絶食の末に餓死させられた。

 9月3日付の朝日新聞は、同園がライオンなどの猛獣を「穏やかな方法で処置」し、4日に慰霊祭があると報じた。だが、その当日も3頭のゾウのうち2頭は生きていた。黒白の幕で隠されたおりの中で飢えと闘い、間もなく死んだ。

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 51年、この3頭の悲劇に基づいて、作家の土家由岐雄さんが物語「かわいそうなぞう」を創作した。評論家の秋山ちえ子さんはこの物語を知り、深く感銘を受けた。67年から毎年の終戦の日のころ、TBSラジオの自身の番組で朗読を続けた。反響が大きく、70年には絵本「かわいそうなぞう」(金の星社)が出された。文庫版などをあわせて、現在までに約157万部が出版された。

 秋山さんは、2016年4月に99歳で亡くなる直前まで「かわいそうなぞう」の朗読に情熱をみせた。TBSラジオのディレクター吉沢亮太さん(49)は、秋山さんが亡くなる前年の8月、自宅を訪ねている。「伏せていらしたが、朗読をお願いしてマイクを向けると驚くほど表情が変わった」

 TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」(毎週土曜午後3時から)では、いまも毎年終戦記念日近辺に、秋山さんが元気な頃に収録した朗読を放送している。「50年近く放送し続けているので、3世代で聴いてくださるご家庭もある」と吉沢さん。

 今年の放送日は8月15日。番組では戦後75年特集が組まれる。吉沢さんは「社会的弱者に目をむけ、『戦争を絶対にしてはいけない』と訴え続けた秋山さんの思いを、受け継いでいきたい」と語る。(伊藤恵里奈)