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 12日、地元のデラウェア州でジョー・バイデン前米副大統領(77)は、副大統領候補として選んだカマラ・ハリス上院議員(55)と並んで初めての演説をした。ハリス氏を紹介する直前、バイデン氏が触れたのは5年前に亡くなった、自分の長男のボー氏だった。

 「私が初めてカマラを知ったのは、ボーを通じてだった。同じ時に(州の)司法長官を務め、共通の大きな闘いに取り組んだ。ボーがいかにカマラと彼女の仕事ぶりを尊敬していたか知っていたことは、(副大統領候補を選ぶ)決断でも大きかった」

 バイデン氏は上院議員36年、副大統領8年と半世紀近く、公職にいた。政治経歴を大きく動かしたのは、家族との別れだ。

 弁護士を経て、バイデン氏は1972年11月、29歳の若さでデラウェア州から上院議員に初当選。翌月、クリスマスの買い物に出かけた、最初の妻ネイリアさんと3人の子どもが乗った車がトラックとの衝突事故に巻き込まれる。ネイリアさんと長女は死亡し、2人の息子も重傷を負った。

 バイデン氏は議員就任の辞退も検討したが、重鎮から「6カ月だけ、試して」と説得され、息子たちの病室で宣誓式を行った。上院歴史室で働いた歴史家ドナルド・リッチー氏は「気鋭の政治家ではなく、大切な人を失った人間として見られるようになった」と話す。その後も、息子たちの世話をするため、デラウェアの自宅からワシントンまで毎日、片道約2時間をかけて通勤。この時間を質問準備に費やし、議会でも一目置かれるようになった。

 事故から回復したボー氏も政治家を志し、2006年にデラウェア州の司法長官に当選した。10年にカリフォルニア州司法長官に選ばれたハリス氏らとともに、民主党の若手のホープとなった。

 しかし、ボー氏は脳腫瘍(しゅよう)を患い、15年に46歳の若さで死去。悲しみが癒えなかったバイデン氏は、翌年の大統領選への立候補を断念。政治家人生の終わりかと思われたが、トランプ大統領が誕生したことで、「国の魂をかけた闘い」として今回、立候補した。

 悲しみを理解しつつ、くじけない復元力を併せ持つのがバイデン氏の魅力だ。政治アナリストのビル・シュナイダー・ジョージメイソン大教授は新型コロナウイルスによって米国で16万人超が死亡している現状を踏まえ、「バイデン氏のほかに、悲しむ米国人をつなげられる政治家は見当たらない」と語る。