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 祖父が残した戦地からの絵手紙をもとに、その足跡をたどっている人がいる。福岡市早良区の会社役員伊藤博文さん(51)。筆まめだった祖父が、最期の地・沖縄からは3通しか絵手紙を送れなかったのはなぜか。家族の絆を引き裂いた戦争について考え続けている。

 日の丸が描かれた「慰問袋」の上に座る幼い子どもと、にっこり笑う母親の絵に、「この慰問袋へ入ったらお父チャンの処へ行けるの」と添えられた台詞(せりふ)。

 自分が設計した浴室で湯を浴びる妻の姿。「風呂が3日に1回、汚くて困る。美しい入浴場がなつかしくてたまりません」とつづる。

 絵手紙の多くはほのぼのとした雰囲気だ。送り主は、福岡市・博多のちょうちん職人だった伊藤半次さん。1941年に妻と3人の子どもを残して満州へ出征。絵付けの技術を生かした味わいのある絵手紙を戦地から送り続けたが、44年10月に部隊は沖縄へ移り、45年6月、沖縄戦で戦死した。32歳だった。

 半次さんが出征先から送った手紙は400通に及ぶ。家族が大事に保管し、福岡空襲の時も持ち出して無事だった。博文さんが、2013年に亡くなった父から「絵手紙を一人でも多くの人に見てほしい」という言葉とともに引き継いだ。

 読み返すと、妻や家族へのあふ…

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