[PR]

 コロナ禍のもとで迎えた終戦75年の節目。身元を特定できない戦没者らの遺骨が眠る東京・千鳥ケ淵戦没者墓苑では、マスク姿の人たちが祈りを捧げた。

 祖父が戦死した、さいたま市浦和区の主婦(39)は毎年、子どもを連れて来ていた。だが、今年はコロナの影響で早朝にひとりで訪れた。「特殊な状況だが、この日のお参りはしないわけにはいかない」。東京都武蔵野市の大学生加藤隆平さん(22)は公共交通機関を避け、自転車で墓苑へ向かった。大学では近代史を学んでいて「どんな犠牲があって今の日本があるのかを、若い世代こそ知る必要がある」と話した。

 戦争で伯父らを亡くした東京都江戸川区の会社員中村達(たつる)さん(62)は40年近く、この日に墓苑を訪れてきた。伯父がインド洋で、義弟の父が沖縄で戦死した。2人の詳しい話は聞いていないが「伯父たちのおかげで、今の平和があると思う。これからの日本も見守ってほしい」と手を合わせた。

 日本武道館で開かれた全国戦没者追悼式では、遺族らが参加できなかった人たちの思いも込めて臨んだ。札幌市の三浦善征さん(76)は父親がフィリピン・ルソン島で犠牲になったといい、「75年たっても、80年たっても、慰霊の気持ちを若い者に引き継いでいきたい」。

 東京都北区の松原義孝さん(55)は、伯父が南方で犠牲になった。直接の縁はほとんどないが、遺族会の活動に積極的に参加して戦争を体験した人や遺族の悲しみに触れてきた。「戦争で親や兄弟を失った人がいなくなったとしても、私たちはこの日を忘れてはいけない。哀悼だけでなく、平和への教訓にもなると思っている」と話す。(川嶋かえ、杉浦達朗、長谷文)