[PR]

 (15日、甲子園交流試合 履正社10-1星稜)

 甲子園交流試合で後半戦に入った15日、履正社(大阪)と星稜(石川)が対戦した。昨夏の甲子園決勝の再現。この日先発した右腕のエース2人は、1年前の試合を知る。強い思いでライバルとの決戦を迎えた。

 星稜の荻原吟哉投手(3年)は昨夏の決勝、ベンチにいた。マウンドには昨年のエース奥川恭伸投手(現ヤクルト)。荻原君は甲子園で2試合投げたが、大一番は奥川投手に託された。

 視線の先で、尊敬する先輩が打ち崩されていた。履正社打線を「日本一のバッティング」と感じた。同時に、打たれてもめげずに周囲に声をかける奥川投手に感銘を受けた。

 新チームで、奥川投手から背番号1を受け継いだ。昨秋の明治神宮大会。先発した明徳義塾(高知)との初戦、8失点で敗れた。失意の中、奥川投手から「頑張れよ」と赤いグラブを譲り受けた。奥川投手が使ってきたもの。24年ぶりの全国準優勝まで導いた先輩の思いを受け継ぎたくて「ください」と頼んでいた。

 エースにふさわしい投手になる――。冬場に足腰を徹底して鍛えた。体重が約5キロ増え、フォームが安定し、制球力が備わった。投球の軸は鋭いスライダー。林和成監督(45)に「コントロールがよく、大きく崩れることがない」と言ってもらえるまで成長した。

 今夏の独自大会、赤いグラブをつけて戦った。3試合計17回を投げ、失点は敗れた日本航空石川との決勝のみ。「履正社戦は今後の星稜にとっても大事な試合。絶対に勝つ」と臨んだが、変化球を見極められ8失点し、二回で降板。「振る力がすごかった。自分の力不足です」と唇をかんだ。

 履正社の背番号1は岩崎峻典投手(3年)。最速145キロの直球とキレのある変化球で三振を奪う。昨夏は背番号17で好救援を続け、星稜戦も同点の七回から登板。優勝に導いた。

 「甲子園で優勝するという以上の目標はない」と思った。それでも、「自分たちの代で、もう一度」と、新たな目標に向かった。

 コロナ禍で練習ができなくなった春。昨夏の優勝メンバーで中軸を担った内倉一冴さん(現龍谷大)が、「出てこいや」と声を掛けてくれた。自宅はすぐそば。学年は違っても、小さい頃から友達のように一緒に練習してきた。

 休部中、内倉さんと毎日のように河川敷でキャッチボールをした。5月20日、選手権大会の中止が決まると、内倉さんは「かわいそうやな」とだけ言った。また、キャッチボールした。

 新チームの発足当初、「自分が投げないと勝てない」と気負った。球速も伸び悩んだ。だが、チームには仲間がいた。大阪の独自大会は自身を含め7投手で勝ち進んだ。「自分だけじゃない、みんなで戦えることが心強い」と思えるようになった。この日、1失点完投と好投した岩崎君は「僕らもチャレンジャーの気持ちで挑んだ。履正社の方が強いと証明できてよかった」と充実の表情だった。(三井新、浅沼愛)