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【朝日新聞ポッドキャスト】被爆75年 託すメッセージ 山田英子さん

 広島と長崎に原爆が投下されてから75年。朝日新聞ポッドキャストは、被爆者の証言を音声の形で後世に残す取り組みを進めます。記者とのやりとりも含めて、そのままお聞きください。

 今回は山田英子(やまだ・ひでこ)さんのお話。取材をした朝日新聞大阪社会部の新垣卓也(あらかき・たくや)記者に聞きました。

Q:この方はどういう方ですか。

A:当時小学5年生だった山田英子さんは、広島県の河内村(こうちむら)、今は広島市の佐伯区になっていますが、そこに集団疎開していました。

Q:被爆時の状況を教えてください。

A:広島に原爆が投下された8月6日の朝、山田さんは学校の校舎にいて、突然目の前が真っ白に光り、窓ガラスが割れたそうです。

Q:どんな光景が印象に残ったんでしょうか。

A:黒こげになった遺体や、広島市内の方向から立ち上る大きな雲が今でも強烈に記憶に残っていると話していました。

いずれ来る「被爆者いない日」 紙芝居に記憶託す語り部
岩国市原爆被爆者の会(山口県)の「最後の語り部」。当時の思いを凝縮した画用紙20枚の紙芝居を手に小学校などを回っています。「被爆者がいない日」を考えずにはいられません。

Q:今回の音源はいつ、どこで収録したんですか?

A:7月下旬に写真撮影に伺った際、補足の取材として話を聞いた時のものと、山田さんが主人公の紙芝居を一部実演してもらった時のものです。

Q:どんなところに注目して聞けばいいでしょうか?

A:山口県の岩国では唯一の語り部である山田さんが、「語り部がこんなにいなくなるとは想像もしなかった」とおっしゃっていたのが印象的で、75年を象徴する話でもあると感じました。そこに注目していただければと思います。

【朝日新聞ポッドキャスト】被爆75年 託すメッセージ 山田英子さん